48. 新たなる出発

【きっかけ・ねらい】

この話は、3年生の始業式の日に話したものです。3年生になった初日に初めてクラス全員の前で話すときに何を話すかはとても大切なことであると考え、春休み中に構想を練っておいたものでした。

 

なお、本校では2年生から3年生に進級する際にクラス替えは行われず、担任も異動がなければそのまま継続して同じクラスを担任することになっています。

 

【手順・工夫】

話の手順としては、東日本大震災のために春休み中の生徒活動が中止されていた関係で、担任が生徒の顔を見るのも生徒同士が話をするのも3月18日に行われた2年生の修業式以来24日ぶりであり、加えて始業式当日は東日本大震災からちょうど1ヶ月目にあたる日でもあったので、そのことにふれることから入るのが自然であると思いました。ただし、始業式及び新入生との対面式とそれに続く全校集会で校長先生をはじめとして多くの先生がそのことにふれていたので、自分独自の内容を工夫する必要がありました。なお、今回は終礼の最後ではなく最初に話すものであったので、挨拶から入るという過去のものとはかなりちがう始まりとなっています。

 

【実際の会話】4/11

S:(久しぶりの再会のためか、ほとんどの生徒が席を立って話をしている)

T:(大きな声で)終礼を始めるので、みんな席に着きなさ~い!

S:(意外に素早く全員が着席する)

T:(全員の顔を見回してから)本校の始業式は担任がみんなと話をする前に始まってしまうので、まだみんなと正式に挨拶をしていませんでした。そこで、最初にきちんと挨拶をしましょう。週番の号令係、号令をお願いします。

A男(週番):(どう指示しようかとモジモジしている)

T:立たなくて結構です。そのまま挨拶しましょう。

A男:静座!

S:(背筋が伸びる)

A男:よろしくお願いします!

S:よろしくお願いします。

T:(声が小さかったので)みなさん、おはようございます!

S:(今度は元気な声で)おはようございます!

T:いよいよ3年生になってしまいましたねえ。あの震災からちょうど今日で1ヶ月。先生にとってはいつもより長く感じた春休みでしたが、今日こうしてみんなにまた会えてとても嬉しく思います。

S:(数名がにっこりほほえんでいるが、残りは反応に困っている様子)

T:ただ、全員がそろったかと言えば、残念ながら今日はB男くんがお休みです。

S:(B男の座席の方を見る)

T:実は…、これは個人のプライバシーに関係することなのであまり詳しく言えないのですが、一昨日お母さんから電話があって、B男くんは土曜日の夜に入院しました。

S:ええ~!

T:でも、お母さんの話によれば、早ければ今日にでも退院できるそうなので、それほど心配しなくて結構です。

S:(ホッとしたような表情になる)

T:ですから、誰か彼に連絡をしてくれる人はいませんか?

C男:(手を挙げて)じゃあ、ぼくが。

T:じゃあ、C男くん、お願いします。さて、話を戻しますが、1ヶ月近くみんなと顔を合わせていませんでしたね。実は、先生はある心配をしていました。

S:(「何だろう?」という関心を示す)

T:その心配とは何だと思いますか?

S:(「そんなのわかるはずはない」という表情)

T:それはね、もしかしたら、今日来ない人がけっこういるんじゃないかと思っていたんですよ。その理由は福島の原発のせいで遠くに行って帰って来ない人がいるんじゃないかと思ったからです。実際、このクラスでも修業式の翌日から田舎へ行った人もいますよね。

D男(該当の生徒):(なんとなく気まずそうに笑っている)

T:それから、これはみんなは知らないと思いますが、修業式の日は1年生が15人も休んだんです。その中の何人かは明らかに東京から出て行ってしまった人でした。私が電話を受けた人は、「今、大阪に疎開しているので行けません」と言っていました。

S:(「疎開」ということばに反応してざわつく)

T:まあ、あの頃はみんな「いったいどうなるんだろう?」って心配していましたよね。

 もちろん、今でもどうなるのかわからないわけですが、あの頃に比べると世間も落ち着いてきたようです。でも、そうはいっても出て行ったきり戻ってこない人もいるんじゃないかと思って、もしそういう人がいっぱいいたらどうしようかと心配していました。

S:(「そんなおおげさなことを言って」というような表情)

T:とにかく、こうしてみんながまたそろってよかったと思います。それから…、これは当然のことですが、始業式では校長先生をはじめとして多くの先生が震災のことにふれましたよね。でも、校長先生は入学式のときにもう1ついい話をしてくださいました。学級委員の2人も出ていたから覚えているかもしれませんが…、校長先生は新入生に対して4つの「~に学ぶ」というお話をされました。C男くん、覚えていますか?

C男(旧学級委員):(困って)えっ?いや、あの…、すみません。覚えていません。

T:E子さんは?

E子(旧学級委員):(顔を赤くして)私も覚えていません…。

T:は、は、は。別に覚えていなくても気にしなくていいですよ。聞いちゃってごめんね。なにせ、先生はメモしていたから覚えていただけだから。

C男・E子:(安心した様子)

T:校長先生は次のようにおっしゃっていました。剣道の極意として4つのことがある。最初に「先生に学ぶ」。これはまあ、当たり前のことですね。次は「友達に学ぶ」。これもよく言われることだからわかりますね。3つ目はどうかな。「自分に学ぶ」です。これはわかりますか?

S:(反応はない)

T:これは、校長先生によると、「自己反省をして、より高いものを目指す」ということだそうです。説明していただくとわかるよね?

S:(反応はない)

T:4つ目はちょっと難しいですよ。「場所に習う」だそうです。前の3つは「~に学ぶ」でしたが、確か4つ目は「習う」とおっしゃっていたと思います。そうだあ、後で校長先生に確認しようと思っていて忘れちゃった。

S:(真剣に聞いている)

T:校長先生によると、「場所に習う」とは「その場所での経験をとおして学ぶ」ということだそうです。これをみんなに当てはめれば、みんなは行事とか委員会とかでこれからいろいろな場面を経験しますよね。しかも仲間や下級生の先頭に立ってがんばらなくてはいけない。そのときにボケーッとただそれをやり過ごしてしまったら、せっかく多くのことが学べるチャンスなのにそれを逃してしまう。だから、その場面で自分ができることは何かということをしっかり考えて、一生懸命それに取り組んでほしいと思います。

S:(真剣に聞いている生徒が多いが、飽きている表情の生徒もいる)

T:では、最後になぜみんなの座席が2年生の最初の時と同じ出席番号順の男女市松模様になっているかの話をしましょう。

S:(少し明るい表情になる)

T:これには3つの理由があります。1つはみんなに新鮮な気分で初心に返って過ごしてもらいたいからです。1年間過ごした同じメンバーで、担任も同じで、ともすればズルズルといいかげんな生活をしてしまいかねないので、1年前の新鮮な気持ちを思い出してもらいたかったからです。これはとても大切なことです。それから、先生もみんなの成長に合わせて変わらなければならないと思っています。以前よりもぐっと大人になったみんなに合わせて、先生も少し大人の対応をしようと思います。以前から頭ごなしにしかる必要はあまりありませんでしたが、大きく強くなったみんなに対抗できるように、以前よりも少し厳しく接しようと思います。

S:(ありきたりの話で、かつ説教くさかったので、下を向いた生徒が多い)

T:2つ目は、機能を優先したからです。「機能」という感じがわかりますか?

S:(数名がぶつぶつ言っている)

T:「今日、昨日」の昨日じゃないぞ。

S:(小さい笑いが起こる)

T:もう1つ難しいことばで、「帰る」に「納める」と書いて「帰納」、例えば「帰納法」という言い方もあるのですが、それでもありません。最初の漢字は?

F男:「機械」。

T:そう、機械の「機」。2つ目は?

G子:「能力」の「能」。

T:そのとおり!機械の機に能力の能。じゃあ、どう機能的かというと、集め物をしたい時に出席番号順に集めやすいとか、新しい先生に名前を覚えてもらいやすいとか、そういうこともあります。

S:(納得している様子)

T:3つ目は、これは単純なことですが、新しい座席ができていないということです。新学級委員に春休み前にお願いして、大分進んでいたのですが、地震のせいで中断してしまいました。これからまた作業を再開してもらおうと思っているので、それができたら新しい座席に替えられると思います。

S:(数名が「ヤッター!」と喜んでいる)

T:ただ、できたらすぐに替えるということではありませんよ。年度初めでせっかく新しい先生方が名前が覚えやすくていいという状態になっているわけですから。

S:(「な~んだ、喜んで損をした」という顔)

T:それから、2年生の時から課題になっていることが解決できないようだったら、しばらくこのままにしておきます。みんな自身の力でクラスをよくしていこうという気持ちが目に見えるようになったら…、つまり…、朝礼や終礼がきちんと静かにできるとか、約束事がきちんと守れるとか、具体的な形に表れてこないと許可をするつもりはありません。いいですか?

S:はい。

T:では、先生の話はこれでおしまいにします。これからまず提出物の回収をします。

 

【こぼれ話】

話し始める前は生徒とのやりとりをしながら話そうと思っていましたが、話の内容が生徒の発言を引き出しにくいものであったことや、3年生に進級したことで一層大人の雰囲気を身につけたらしかったことで、生徒は以前のようにこちらの問いかけに軽々しく応じるということはなく、結果的にはほとんど自分だけが話していたという感じになりました。2年生になった最初にも感じたことですが、生徒の精神レベルに合った話をどのように提供していくかが今後の課題であると思いました。

 

なお、座席を新たなものに替えることについてはその後数日をかけて学級委員にきちんとしたものを作成させましたが、朝礼や終礼の態度があまりよくなかったので、実際の席替えはそれが改善されてからという条件を学級委員をとおして全員に伝えました。それによって多少の改善は見られましたが、まだまだ個々の生徒が持っているはずの力からすると十分なレベルとは言えず、どこで折り合いをつけるかが課題となりました。