42. ことばの使い方

【きっかけ・ねらい】

この日は朝からいろいろなことがあり(「状況①」~「状況③」参照)、それはすべて「ことば」に関係することでした。そして、それらはいずれも相手への配慮に欠けたものであり、それをそのまま見過ごすことはできませんでした。

 

また、その他にも親しさ故と思われる乱暴なことばのやりとりが生徒の間に増えてきていたことが気になっていたので、仲間同士でのことばの使い方についても改めて細かい指導をする必要があると思いました。

 

【状況①】

朝礼時に教室に行くと、黒板の右隅に書かれた全校週番のメッセージがふざけた内容に改ざんされていました。その場で「誰が書いたかは追求しないが、書いた者は1時間目が始まるまでに消せ!」とどなって教室を出ました。

 

【状況②】

3時間目のHRHは、育鳳館(講堂)で学年集会形式で保健指導が行われたので、最後の5分間で4時間目のHRHで行う学級自治会を有意義に行わせるための話を私がしました。他の4クラスの生徒はみな真剣に聞いてくれたのですが、自分のクラスの何名かの生徒が顔を見合わせて「また先生の話が始まった…」のような嘲笑を浮かべているのが目に入りました。そのことで気を悪くした私は、次時の学級自治会中、不機嫌な顔をしていたのですが、生徒はそれを朝のできごとのためだと思っていたようでした。

 

【状況③】

4時間目のHRHは学級自治会で、話し合いそのものは真面目に行われていたのですが、ある男子生徒が自分の発言を封じられたことに憤慨し、「もう帰る!」と教室を出て行ってしまいました。私がその生徒を廊下でつかまえてなだめたので、それ以上のことにはならなかったのですが、その生徒が廊下で泣いている間に、残りの生徒に事件の原因を説明し(生徒は理解していましたが)、事態の収拾を図る方策を指示しました。

 

【手順・工夫】

その場で即指導すべきことは指導したのですが、終礼ではなぜそれが大切なことなのかを理解してもらう話にしなければなりませんでした。ただ、今回は自分と生徒の間のこともあったので、どのような切り出し方をしたらいいかが最後まで決まっていませんでした。また、入試担当者として多忙な中で学級委員会の指導及びHRHの企画・運営を行っていたので、精神的なことに加えて時間的な余裕もなく、その場の雰囲気で話すしかないと思いました。したがって、終礼に向かう足取りは少し重くなりました。

 

【実際の会話】1/28

S:(教室のドアを開けると、全生徒が笑顔でハンカチを振り回している)

T:(驚いて)オ~! いったい何だい、これは?

S:(笑いが起こる)

A子(保健委員):すみません。保健委員会でハンカチを持っているかどうかを調査していたんです。みんな、もう1回見せてください!

S:(再びハンカチを楽しそうに振っている)

T:(これはチャンスだと思って、自分もポケットからハンカチを出して振る)

B子:A子ちゃん、あっち!(どうやら私を指しているらしい)

A子:(こちらを見て笑う)先生もありがとうございました。

S:(他の生徒も私が笑っていることでホッとしたような表情になる)

B子:(A子に「ほ~ら、先生の機嫌が直った」のような合図を送っている)

A子:みなさん、どうもありがとうございました。(今度は週番の一人として)では、最後に先生のお話です。(席に戻る)

T:(恥ずかしさと気まずさを抑えながら)まあ、今日はいろいろなことがあったねえ。

S:(みなこちらを真剣に見ている)

T:朝からみんなをしからなければならなかったし、学級自治会では…、まあ、ちょっと大変なことが起こったし…。

C男(すねて出て行った生徒):(黙って下を向いている)

T:そういうことを考えるとねえ…、ことばの使い方っていうのは気をつけなくちゃいけないね。自分ではそんなつもりはなくても、ちょっとしたことでお互いのボタンがこう…(次のことばが思い出せず、ジェスチャーで示す)

B子:かけちがう?

T:そう、「かけちがう」。B子さん、ありがとう。

B子:(嬉しそうにしている)

T:ちょっとしたことばの使い方1つで…、ことばのかけちがいがあると…、相手にいやな思いをさせてしまうからね。

S:(真剣に聞いている)

T:だから、例えばここに立って、司会とか議長とかをするときには、それなりの使い方をしなければならない。

D子(議長):(自分のことを言われているとわかって、緊張した顔をしている)

T:他にも、さっきもそうだったけど、議長がE男君を「○○」(ニックネーム)なんて言って指したら、彼が「ぼくは○○じゃない!」って怒ったのも仕方がない。

E男:(急に自分のことを言われて驚いたようだが、味方を得て安心したような顔)

T:だからね、学級自治会のような場面では、みんなもことばの使い方を気をつけなくてはいけないよ。

S:(素直に「わかりました」とうなずいている)

T:先生もね、実は日頃からそういうところには気をつけているんだけど、気づいていますか?

S:(「へっ? なんのこと?」という顔)

T:先生は、普段は君たちをニックネームで呼んでいるでしょ? 例えば、F子(苗字)さんを「○○ちゃん」って呼んでいるよね?

F子:(笑顔でうなずく)

T:でも、授業中や終礼中は絶対にそういう呼び方はしない。きちんと「F子さん」と呼んでいるはずです。

S:(「そういうことか」と納得した顔)

T:ただね、今までに一度だけ…、これは仕方がなかったので、そう言ったんだけど…、つい最近、ある人を終礼中にニックネームで呼んでしまったことがあります。自分でも「しまった!」と思ったから、よく覚えているんですが…。

S:(興味を示す)

T:それは、G男くんを呼んだときです。

G男:(突然言われて驚いている)

T:これはG男くんには申し訳ないんだけど、なぜか苗字の最初の2文字を言ったところで3文字目が出てこなくて、そのまま「○○~」ってニックネームで呼んでしまった。覚えている?

G男:(首を振る)

T:そうか、案外そういうものかもしれないね。まあ、みんなの場合は、親しいが故にそういうふうに呼んでしまうんだろうけど、そういう気のゆるみというか…、お互いの甘えが時として相手への無遠慮な発言になってしまうことになるんだろうね。だから、今回のことをきっかけにして、少しお互いにことばの使い方には気をつけるようにしましょう。

S:(「先生が事件を丸く収めてくれた」と安心した様子)

T:では、今日はこれでおしまい。

 

【こぼれ話①】

上記の最後の生徒の表情にもあるように、学級自治会中の事件はなんとか丸く収めることができました。また、件の教室を飛び出してしまった生徒も、学級自治会後に男女にかぎらず多くの仲間がなだめに来てくれたことで機嫌を直し、昼食を食べる時点ではまだ暗い顔をしていましたが(おそらく気まずさもあったのでしょう)、昼休みには仲間と元気に中庭でバレーボールをして遊んでいました。

 

しかし、本当に丸く収めてもらったのは自分の方だったかもしれません。実は、朝礼時の一件と3時間目の生徒の様子から、その後に生徒の前でどのように振る舞ったらいいかということに迷っていたので、昼食時は生徒の正面で黙って弁当を食べ、終礼時に教室へ行くのも遅くなりました、学級自治会中の一件と終礼時のハンカチ振りがなければ、自分の機嫌の悪さと生徒との間にできてしまった気まずさを、その後も引きずって行かなければならなかったかもしれませんでした。それとも、少なくともその日いっぱいは怒っている振りを続けておいたほうがよかったでしょうか?

 

【こぼれ話②】

放課後、学級委員の男子2名が英語科準備室にやってきて、次のようなやりとりをしました。

 

学級委員A男:先生、ちょっとお話があるんですけど…。

T:何だい?

学級委員B男:実は今朝のいたずら書きなんですが…、あれはC君とぼくがやりました。

A男:ぼくは書いていないんですが、その場にいたので、あれはぼくが消しました。

B男:それで、A男くんが謝りに行った方がいいよと言ったので、来ました。

T:なにっ? 学級委員の君たち2人が関わっていたのか?

A男・B男:はい、すみませんでした。

T:先生がなんであそこまで怒ったかわかるよな?

B男:全週が書いたことを冒涜したからです。

T:そのとおりだ。あれを書いたのは君たちの仲間だぞ。しかも、あれはうちのクラスに向けた正式なメッセージで、単なる落書きじゃない。それをいたずらしたというのは、とんでもないことだ。それを、よりによって、学級委員の君たちがやったのか…。

A男・B男:(相当申し訳なさそうにしている)

T:まあ、誰でもふざけ半分でそういうことをしてしまうということはあるだろう。先生も中学生くらいのときはそういうことをやっていたかもしれない。でも、君たちも今回のことでそれがまずかったということは学んだな?

A男・B男:はい。

T:これに懲りて、二度とそういうことをしないと約束できるか?

A男・B男:はい。

T:わかった。やったこと自体は悪いことだが、そうやって正直に言いに来たことはいいことだと認める。じゃあ、もう行きなさい。

A男・B男:はい。

A男:本当にすみませんでした。

B男:すみませんでした。

 

思わぬところに落とし穴があって驚いた一件でしたが、その後の2人は以前にも増して一生懸命働いてくれています。

 

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