4. 私が嬉しかったこと②(ボランティア精神)

【きっかけ】

前期期末考査の前日の終礼で、「終礼後にテストのための教室整備を行います。誰か手伝ってくれる人はいますか?」とボランティアを募ったところ、女子が一人手を挙げただけで、あとは知らんふり、または遠慮して手を挙げませんでした。自分の過去の経験では、1年生なら何人も手を挙げてくれるはずでした。それができないのは、自分勝手な生徒が多いのか、仲間の手前、いい子ぶって手を挙げられない集団の雰囲気があるのかのどちらか、あるいはその両方であると思いました。

 

一方、その数日後に、掃除の時間に私がほうきをもって床を掃いていたところ、一人の男子が「先生、ぼくがやります」と言って、ほうきを私から受け取って掃除を始めました。その時、上記のような状況を変えるために、このエピソードが使えるなと思ったので、この話をしようと思いました。

 

【ねらい・手順・工夫】

この話をすることによって、困っている人を助けようとすることの大切さを再認識させ、勇気をもって実際の行動に出られるよう、ボランティアとして申し出ることのフィルターを下げることをねらいました。また、自主自立の精神で人のために働くことの大切さを感じ取ってもらうこともねらいました。

 

今回の話の手順及び工夫としては、次のようなことを考えました。

 

① 以前に「私の嬉しかったこと」という話が比較的うまくいったので、その第2弾であるという設定にする。

② 生徒の先輩の話から始めて身近な話(自治の精神)であるという設定から入り、より深いこと(優しさ、思いやり)につなげていく。

③ 仲間の中に今回の話のきっかけを作った人がいることを紹介し、その生徒を褒めることで、良いことをしたときに褒められるという感触を持たせる。

 

【実際の会話】第1回<導入失敗編> 10/5

T:今日は「私が嬉しかったこと」の第2弾をお話しします。

A男:先生、また駅で何かあったんですか?

T:いいえ、今回は駅でのできごとではありません。ただ、今日は終礼中にいろいろあって時間がないので、さわりだけを話します。

B男:さわり?

C子:えっ?先生、ちかんをしちゃったんですか?

S:(一瞬の沈黙の後に大爆笑が起こる)

T:ばかものっ!ちがうって!話の「さわり」という意味だ!

S:(爆笑が収まらない)

T:(これは話に乗るしかないと考える)おい、こらっ!お前ら、まさか先生がそんなことをしたって…、この学校で一番真面目な私をつかまえて…。先生がそんなこをする人間に見えるか?

S:見えま~す!(予想どおりの反応)

D子:(こそこそと)案外、まじめそうに見えてやってたりして…。

T:(今日はまじめに話せそうもないので続きはあきらめる)ちょっと待てっ!俺は頭に来たっ!せっかくいい話をしようと思っていたのに。今日はそういう気分になれない。だから、今日の話はこれでおしまいっ!

S:え~っ!!!

 

【実際の会話】第2回<導入・結論編> 10/7

T:前回、「私が嬉しかったこと」の第2弾を話そうと思ったところ、とんでもないことになってしまいました。

S:(みんな笑っている。数名が「さわり」と言う)

T:今日は真面目に話すから、真面目に聞くように。

A子:ダメです。だって、先生の目が笑ってるもん。

T:わかった。じゃあ、顔も真面目にする。前回は今回の話は駅で起こったことじゃないって言ったね?

S:はい。

T:さらに、実は見知らぬ人から嬉しい気分にされたのでもありません。今回は、なんとこのクラスのある人の行動が私を嬉しくしたんです。

S:(みんな顔を見合わせている)

T:さあて、誰でしょうね?それは自分ではないかと思う人は手を挙げましょう!

S:(5~6人の男子生徒がふざけて手を挙げている)

B男:たぶん、それはぼくです。

C男:お前のわけないだろっ!

T:ふっ、ふっ、ふっ。今は誰かを言うのはやめましょう。

D男:ええ?教えてくださいよ~。

T:ダメです。では、ちょっと古い話から入ります。この学校は自治の精神を重んじているとよく言われるよね。みんなの先輩達も、委員長陣をはじめとしてよく言うよね。確かに先生も今ではそう思うけど、この学校に来たばかりの頃はよくわからなかった。そんなとき、ある日、掃除の時間に自分の監督場所に行って、生徒と一緒に掃除をしていたところ、この学校の生徒は自治の精神を意識して生活しているんだなあという場面に遭遇したんだ。先生は、本校が3校目だけど、前の学校でも、その前の学校でも、生徒に何かをしっかりやらせるには、まず先生が率先垂範しなければならないと先輩の先生にたたき込まれた。

B男:先生、「そっせんすいはん」って何ですか?

T:「そっせん」は率先してやるの率先。「すいはん」はもちろんご飯を炊くことじゃないよ。

B男:わかってますよ。

T:こちらは、ええと、範を示す、つまり自分が模範になるということ。みんなわかった?

S:(うなづいている)

T:それで、まあ、この学校に来てからも、「よしっ、俺が模範を見せてやる!」って意気込んで掃除をしていたわけ。そうしたら、あることが起こったんだ。

C男:ほうきでなぐられた!

T:あのなあ、ここまでの話の展開でそんなことがあるわけないだろ?何があったかというと、ある3年生の男子生徒に声をかけられたんだ。誰だったか忘れちゃったけど、確か学級委員だったか、週番委員だったか…。その生徒がこう言ったんだ。「おいっ!誰だ、先生に掃除をさせているのは?掃除当番、しっかりやれよ!先生、僕が代わりますから、ほうきを貸してください」ってね。そう言って、ほうきを持って掃除を始めたんだ。

S:へえ~。

D子:その人えら~い!

T:そうだろ?先生は本当に驚いたよ。「ああ、これがこの学校の自治ってやつか」ってね。ただ、そういうことがそれからずっとあったかというとそうではなく、その後は全然なかったなあ。次に同じことがあったのは10数年後、今の高2の子たちが3年生のとき。先生のクラスの学級委員で、バスケ部の部長をやっていて、運動会のリーダーもやっていた女子生徒だ。しばらくそういう経験をしていなかったから、もうそういうことはないんだなとあきらめていたら、その女子生徒が「先生、私がやりますから」ってさらっと言って、先生からほうきを持って行ったんだよ。

E子:へえ、かっこいい~!

T:そうかい?それでだ。実は、先週の火曜日に、このクラスで3人目に出会った。誰だと思う?

S:(みんな顔を見合わせる。当人を見ると恥ずかしそうにしている)

B男:俺っ!俺っ!

C男:俺だ~!

D男:お前がやるわけないじゃん!

T:はっ、はっ、はっ。残念ながら、今手を挙げた人じゃない。それが誰かと言うと…?

S:(みんな固唾をのんでいる)

T:それはE男(実際の名前)くんです。

S:オ~!(大拍手が起こる)

D男:E男、すごいじゃん!(E男は恥ずかしそうだが、嬉しそうな顔をしている)

T:E男くんはきっと私が掃除をしている姿を見たときに、一方で掃除当番の人が掃除をあまりしていないのをまずいと思ったんじゃないのかな?

E男:(目を合わせたが、うなづくでもなく笑っている)

T:きっと彼はごく自然にそうした方がいいと思ったからそうしたんだと思う。でも、そういう風に考えてくれる人がこのクラスにもいてくれたことが先生はとても嬉しい。自分のことばかりやって、人のためにやるという人が少なくなってきているだけに、余計嬉しかった。E男くんは優しい気持ちの持ち主ですね。困った人を見たときに、自然と助けの手を伸ばすことができる。そういう人が結果的には仲間からも愛されるんです。逆に、自分のことしからやらないような人は、どんなに頭が良くったって尊敬されません。勉強ができるということも大切ですが、人間にはそれ以上に大切なことがあると思います。先生は最初に「自治の精神」というところから話し始めましたけど、これまでに掃除を代わってくれた人たちは、みな自治の精神でそれをやっていたわけではないと思うんです。それはおそらく、その人の優しさからきたものだと思うんですね。そういう他人を思いやれる人間性をもっている人を私はとても尊敬します。しかも、それは年上とか年下とか、あるいは生徒だとかいうことは関係ありません。だから、みんなに話した3人の生徒を私は尊敬しています。

S:(みんな真剣な顔になっている)

T:集団生活を送る上では、みんなが一人一人そういう気持ちを持つことが大切です。

 そして、今もいろいろ細かいところでクラスのために尽くしてくれている人がいるんだと思います。そういう人たちに感謝し、もし「あっ、この場面では自分が一肌脱ごうかな」と思うことがあったら、ぜひ一歩踏み出してそれをやってもらいたいと思います。では、今日の話はこれでおしまい。

 

 

【こぼれ話】

この話をした日の掃除の時間に、ある男子生徒が「ぼくが4人目ですね」と言って、黒板掃除を代わってくれました。その数日後に、ある女子生徒がにっこり笑うだけで黒板掃除をやってくれました。その後はまたいつものように私が黒板掃除をしましたが、約1ヶ月後に、ある男子生徒が来て、「先生、黒板はいつも先生が掃除してくださっていますが、それも本当は生徒の仕事ですよね?」と言ってきました。「そうだね。やってもらえると嬉しいな」と答えると、「先生、やり方を教えてください。僕がやりますから」と言ってくれました。そこで、黒板をきれいにするこつを教えてあげると、その男子生徒は背が低かったので、イスを持ってきて、本来なら手の届かないところまできれいにしようと頑張り、日頃私がやっている掃除よりもきれいに黒板を仕上げてくれました。この男子生徒はそれを1週間続けた後、定期的に黒板掃除を手伝ってくれています。また、後期中間考査の際は、多くのボランティア生徒がテスト会場設定と復帰を手伝ってくれました。

 

【こぼれ話②】

後に、個人面談でE男にこの件を話したところ、E男は「実は、あれは掃除をしようと思ったのではなく、先生が持っていたほうきに僕が書いたメモが貼ってあって、それを先生に読まれるとまずいと思ったからです」と言っていました。その真偽は定かではありませんが、E男はその後も清掃活動を男子の中ではもっとも真面目にやっています。

 

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