【きっかけ・ねらい】
今回の話は、表向きはクラス替え後の個人面談をようやく終えたことに合わせて、毎年のように行っている、面談を受ける際の礼儀作法を教えることを新しいクラスの生徒たちにも実施しようと思って設定したものです。しかし、真のねらいは、新たに担任した生徒たちともことばのやりとりが活発にできるクラスの雰囲気を醸成することでした。また、それを可能にする、教師と生徒の良好な人間関係を築くために、その直前に行われた校外活動で撮影した生徒一人一人の顔のアップと活動の様子の写真(全54枚)を教室の側面掲示板に掲示し、その写真撮影に込めた自分の気持ちを語ることで、生徒たちとの心理的距離を一気に縮めることもねらいました。
【手順・工夫】
今回の話は、前回の話(第31話「そんなみんなだからこそ欲が出る」②…5/1実施)から3週間余りが経った久しぶりのものであり、また自分としては新しいクラスの生徒たちとの人間関係を築く絶好の機会でもあったので、話の内容の準備及び実際に話す日の選択を慎重に行いました。まず、話の内容は大きく2つとし、それぞれの話を表向きの内容がわかりやすくすると共に、こちらがねらっている効果を発揮できるようなものになるように話の構成を工夫しました。次に、話す日は2つ目の話を可能にするデータがそろう日の翌日と決めて準備をし、その日までに1つ目の話を可能にするように具体的な作業(校外活動で撮影した写真のプリント及び掲示)も進めました。もちろん、生徒が話に乗ってきてくれないと真のねらいが達成できないので、話に関心をもってもらうための資料(個人面談中に記録したデータ)の提示と、長時間になることが予想される話に参加し続けてもらうための手法(常に生徒に問いかけ、それに対する発言を拾いながら話を進める方法)は、過去の成功例に則ったものにすることにしました。
【実際の会話】5/23
T:それではですね…。昨日、写真を貼らせてもらいました。あの写真はみなさんいかがでしょうか?
S:(数名がああだこうだと言う)
T:気になった…、というか、「この写真いいな」と思った写真があるかね?
A男:B男の笑顔、B男の笑顔。
S:(A男の発言に数名から同意の声が上がる)
B男(クラスで一番にぎやかな男子):(まんざらでもない様子)
T:(こちらのねらいどおりの反応であったので)なるほどね。B男くんの笑顔ね。
S:(クラス中がその写真のことでざわつく)
T:あれはなかなか先生も…、自分で撮ってよく撮れたなと思ってますが…。
S:(再びクラス中がその写真のことでざわつく)
B男:C男くんの顔が!
T:C男くんの顔が?
B男:C男くんの顔が…、何かちょっと…。
D子:魂が抜けたような…。
B男:魂が抜けたような顔で…。
S:(D子の発言で笑いが起こる)
C男:(黙ってニコニコしている)
T:あれは…、向こうで…、つかまるかなって感じで見ているシーンかなと思います。
(注:学級レクで「ドロケイ<泥棒と警察>」をやっていたシーンを指す)
S:(笑いが起こる)
T:他にもですね…、すごく面白い写真があったんですが…、それを貼っちゃうと本人が可愛そうかなと思うものが何枚かあります。
E男:例えば?
T:(E男の発言を受けて)例えば…、まあ、言っちゃいますが、F男くんの面白い写真があります。
F男:(急に名前を出され、みんなに注目されて驚いている)
S:(数名が「見たい!」と叫ぶ)
T:これはですね、どういう写真かと言うと…。そうですね、「ムンクの叫び」みたいな顔をしています。
S:(一瞬の沈黙の後に笑いが起こる。「ムンクの叫び」の絵を知っている者と思われる)
B男:OK!OK!
F男:いいよ。※「その写真を貼ってもいい」という意味。
S:(クラス中から「イエーイッ!」の歓声と拍手が起こる)
T:まあね、そういう面白い写真もあるんですが、まあ、それをいきなり貼っちゃうわけにもいかないなと思ってね。
B男:貼ってもいいんじゃね?
S:(爆笑が起こる)
G男:日替わりにしちゃえば?
S:(再び爆笑が起こる)
T:本人にはあげようとは思ってますけどね。
B男:よっ! 見せてもらおう!
S:(また爆笑が起こる)
B男:(F男に)F男、見してね!
F男:(他にも数名に同様のことを言われてうなずく)
T:他にもね…、ごめん、うまく撮れなかったものもあり…、暗くなっちゃっているものもあり…。一番残念だったと思うのは、実はH子さんの写真なんですけど…。
D子:(笑いながら)暗すぎるよ。※「表情が暗い」という意味。
S:(笑いが起こる)
H子:(急に話題にされて驚くが、すぐに笑顔になる)
T:H子さんはね、本当はニッコリ笑っているいい写真が2枚あるんだけど、2枚ともブレちゃってるんだよ。
S:(残念そうに)あああ~!!!
T:ちょっと可愛そうだなと思ってねえ…。(H子に)ちょっとブレちゃっててよければあげます。
H子:(ニッコリしてうなずく)
B男:(突然大きな音を立てて椅子から転げ落ちる)
S:(B男が椅子から転げ落ちた事実に驚き大騒ぎになる)
A男:お前、何度目だよ! ※どうやら、B男は授業中にも転げたことがあるらしい。
S:(B男が態勢を立て直すまでしばらく大笑いが続く)
T:(B男に)笑いをとろうとしているわけじゃないよな?
B男:はい…。
T:(ざわつきを収めるために)あのね、実はね、あの写真を撮ったのには理由が2つあります。何が理由かと言うと、1つはみんなの記録をできるだけ多く残しておきたいというのがあって…。これは先生の中学生のときの経験からなんですけど…。実は、先生ね、中学生の時の写真ってね、卒業アルバム以外は2枚しかないんです。
S:えええ~!
T:びっくりでしょう? 2枚しかない。
S:えええ~!
T:で、それはなんでかっていうと…、結局、保護者が…、父親が写真が大好きな人なので、小学校の写真はいっぱいあるんだけど、中学になると当時は中学の行事まで撮りに来る親なんていなかったんですね。今と全然ちがうんです。それからカメラを持ち込むなんてことは普通できなかったので、先生が撮ってくれなければ無かったんですね。先生が撮ってくれるなんていう習慣もなかったので、2枚しかない。
D子:ええ~!
T:野球部の試合で…。あ、先生は野球部だったんだけど…。野球部の一番最後の試合で、見送り三振をしたときの写真。
S:(爆笑が起こる)
I子:きびしい、それ!
T:なあ? 格好良くヒット打ってるとこならいいんだけど、見送り三振をしているところの写真…。
S:(まだざわついている)
T:それとあと1つは、あっ、これはもうちょっとちゃんとした写真なんだけど…、弁論大会っていうのがあって、弁論大会に出ていて…。
A男:不審者! 不審者!
S:(笑いが起こる) (※本校では不審者が校内に現れた際の緊急放送を「ただ今、(不審者の居場所)で弁論大会を行っています」とすることを全員が知っている)
T:不審者じゃね~よ!
S:(爆笑が起こる)
T:本物の弁論大会だよ。本物の弁論大会に出ているところをちゃんと写してくれた、その2枚しかないんですね。なので、みんなの記録をできるだけ多く残しておきたいなと思って…。もちろん、AA先生(5組担任)が撮ってくださるんだけど、AA先生は5組中心なので、みんなのも少し残しておきたいなと思って。もう1つ、これは私の個人的な都合です。さて、何だと思いますか?
S:(考えてはいるようだが、まったく思いつかないらしく反応はない)
T:これは、私の個人的な気持ちで撮ったものです。何だと思いますか?
J男:思い出。
T:思い出?
K男:貴重品。
T:貴重品?
S:(笑いが起こる)
T:貴重品…。これはですね…、正直に言いますが…。
S:(全員が興味津々の顔で聞いている)
T:早くみんなを自分の生徒だと思いたかったからです。
S:(一瞬の沈黙の後に)おおお~!!!
A男:今までは自分の生徒ではなかったということ?
S:(爆笑になる)
T:じゃあ、「思いたかった」という過去形だと悪いとすれば、「思いたい」です。
A男:今もそうじゃない?
S:(再び笑いが起こる)
T:今もそうじゃないのかって? そういうことじゃない。やっぱりね…、正直に言うと、まだみんなは…、元1組の人はBB先生の生徒、2組の人はCC先生の生徒、3組の人はAA先生の生徒、4組の人はDD先生の生徒、という印象がどうしてもあるんです、先生にはね。
A男:5組はどうなっちゃってるんですか? (※A男は旧5組の生徒)
S:(笑いが起こる)
T:(A男に)だから、5組は私のクラスの生徒!
A男:(話を面白くするために言ったらしく、ニコニコ笑っている)
T:なので、少しでも早く自分の生徒だというふうに思いたいという気持ちがあって、実は写しています。
S:(真剣な顔で聞いている)
T:じゃあ、あと、あの写真をどうするか? しばらく飾っておいて、後でみなさんにあげます。それから、あと1つ話があるんだけど、ようやくみんなとの面談が終わりました。昨日で(旧)5組が終わったので…。面談と言ったって、おしゃべりをしていたくらいで大したことはないんですけど…。みんなのことが以前よりも少しわかるようになり、先生にとってとてもよい時間でした。もちろん、去年先生との関係が薄かったみなさんにとっては少し先生のことがわかって安心したのではないかと思いますが、どうでしょうか?
S:(該当生徒の数名がうなずく)
T:で、実は、面談をするとき、私はあることをしています。
B男:メモ!
T:旧5組の人は言わないでください。あることをしているんですけど…。
L男:(手を上げて何か言おうとしている)
T:(L男に)旧5組の人は言わないでください! あることをしていて…、実はあるデータをとっていました。
S:(ああだこうだと言い、ざわつきはじめる)
T:そのデータを示しますので、旧5組以外の人はいったい何を表しているのか…。ええとですね、数字を書きます。(黒板に「36、11、36、5)と書く。
A男:(何かをつぶやく)
B男:ああ、あれか!
A男:「失礼します!」
B男:ああ、○○(他クラスの旧5組男子の名前)が言ってたやつか!
T:(A男に)シ-ッ! 言うんじゃないよ!
S:(数名がA男とB男に「何? 何?」と尋ねる)
B男:入るときに「失礼します!」とか言ってる人じゃない?
S:(B男の発言でクラス中が大騒ぎになる)
B男:(こちらに)そうでしょ?
T:(B男をにらんで)もう答えが出ちゃっているので…。
B男:A男くんが言ってくれたんで。
T:実はそのとおりで、面談をするときに…。
A男:オレ、全部言えるよ。
T:みなさんそれぞれが、基本的な挨拶をしていたかどうかを記録しています。
S:(数名がいろいろなことを叫ぶ)
T:(板書した数字のそれぞれの上に「し よ あ し」と書いて)これは何かと言うと…、一番最初に入ってくるときにみんなは何て言ったらいいでしょう?
S:失礼しま~す!
T:「失礼します!」とまず言って入ってきます。
B男:(教卓の上の手帳にはさんであった名票の記録をのぞき込みに来て)おっ、オレ、全部言ってた!
D子:見るなよ~!
M男:つまんないじゃんかよ~!
T:(B男に)つまんないだろう、お前~!
S:(爆笑が起こる)
T:(再度B男に)つまんないだろう、お前~!
B男:(自分のした行為が批判をあびて、すまなそうな顔になる)
T:今日のメイン・イベントだったのになあ…。
S:(爆笑が起き、B男を責めるように)ああ~あ! ああ~あ!
T:(みんなに)今の聞かなかったことにしといて!
S:(ニコニコしながら)ああ~あ! イエーイ!
T:今日のメイン・イベントだから、ね?
S:(ニコニコしながらうなずく)
T:「し」ですね。次。そうしたら、入ってきます。入ってきたら、何て言ったらいいですか?
S:よろしくお願いしま~す!
T:そう、「よろしくお願いします」って言って座るといいですね。
D子:やば~い! 言ったかどうか覚えてな~い!
S:(他に数名が「やばい!」と叫ぶ)
T:そして、話し終わったら?
S:ありがとうございました!
T:「ありがとうございました!」 そして、出て行くときには?
S:失礼しました! (みんな自分がそれら4つを言ったかどうかでざわつく)
T:(ざわつきを収めるために)これが…、面談をするときの…、基本で…、「し、よ、あ、し」と覚えておきましょう。
N男:(何か言ってくる)
T:(N男に)えっ? 何?
N男:最後の「5」って誰ですか?
T:(該当の数字を見て)あ、これね…。あっ、「5」じゃない! ごめん、ごめん。こ れ、「35」だ。(「5」を「35」に書き直す)
S:(「ああ!」とか「な~んだ!」とかの声が上がる)
O男:めっちゃ、多いじゃん!
T:(理由も無くB男に)B男が変なこと言うからまちがったじゃないか!
B男:僕、そのときは何も言ってませんよ!
T:で、これがね、基本だということで覚えておいてほしいんですけど…。なんでこんな話をするかと言うと、やっぱりこの後みなさんが、いろいろ生活していく中で、いろいろ面談なんかするときがあったときに、こういう礼儀を知っているかどうかで、意外にその人のことが「あいつは礼儀を知らないヤツだな」とかって思われちゃうといけないので…。今回はお試しで何も言わずにやりました。でも、実はほとんどの人ができているというのがわかるんですが…、(2番目の「よ」を指して)一番弱いのがやっぱここですね。
P子:記憶ない!
B男:オレ、言ってないんじゃないかなあ…。
T:やっぱ、入ってきて、ヒュッと座ってしまう。その時に「よろしくお願いします」と一言言えるといいと思います。
D子:4つとも言えた人いるのかなあ…。
T:(D子の発言を受けて)ちなみに、ここからがメイン・イベントです。4つとも全部言えた人が…、(名票を手帳から取りだして)4つとも全部言えた人が、11人います。
Q男:名前言って!
T:この11人はちゃんと名前を言います。
S:おおお~!
D子:(両手で頭を押さえて)ああ~!私~!
T:女子の一番後ろから言います。
Q男:来い!来い!
S:(他の生徒も大いに盛り上がってざわつく)
T:4つとも言えた人。まず、R子さん。
S:イエーイ!(続いて大きな拍手が起こる)
T:次、U子さん(旧5組)。
S:いよっ!(続いて最初よりやや小さな拍手が起こる。以下、旧5組女子が2人続く)
B男:(旧)5組だからなっ!
T:次、V子さん。
B男:もうやめて~!
T:女子は以上!
S:(女子から「キャーッ!」という悲鳴が上がる。クラス中がざわつく)
T:男子。W男くん。
S:(男子から「オオーイッ!」という歓声が上がり、拍手が起こる。以下、一人同様)
T:ちょっと飛んで、X男くん。
S:(「全部言った」と主張していたA男が飛ばされたので、A男を責めることばが飛ぶ)
A男:ウソだ! ウソだ! オレ、「よろしくお願いします」って言ったって!
S:(爆笑が起こる)
T:A男、そこまで言うなら、お前のデータ言っていい?
S:(A男をはやし立てる声が飛ぶ)
A男:(偉そうに)いいっすよ…。
T:じゃあ…。
A男:(あわててこちらのことばを遮るように大声で)だあ! だあ! だあ!
S:(爆笑が起こる)
B男:言ってください! 言ってください! さっき「全部言っていい」って言ってましたよ!
T:まあ、じゃあね。(A男に)「よろしくお願いします」は確かに言ってました。でも、1個欠けてた。残念!
S:あああ~!
B男:「失礼しました」!
A男:言った、言った、言ったって!
T:(A男のことは切って、他に3人の男子の名前を紹介する)
S:(上記の度に拍手が起こる)
T:そして…、B男くん!
S:(大歓声と大拍手が起こる)
B男:(大歓声に押されて立ち上がり、右腕を突き立てて喜びを表す)
T:(B男のところに行って)これを最後まで秘密にしておいて、劇的にしようと思っていたのに!
S:(爆笑が起こり、B男を責めるように)あああ~!!!
T:ということで…、次回、頑張ってください。では、これでおしまい。
【こぼれ話】
今回の話の最大の収穫は、この約13分間(ボイスレコーダーの記録による)の会話によって、自分と生徒たちとの間の距離が一気に縮んだように感じたことでした。それは、実際の生徒との会話の雰囲気に表れていたように思います。また、終礼直後に中庭を歩いていたところ、教室の窓際にいた数名の男子が「〇〇(筆者の名前)先生~!」と叫んで手を振ってくれたり、休み時間や授業中にちょっとしたことで生徒に何かしてあげる度に丁寧にお礼を言われたり、何よりも英語の授業に対してそれまでにも増して意欲的に取り組んでくれるようになったことからもそれを感じることができました。
一方、生徒の「乗り」に身を任せるように、終始おもしろおかしく話をしてしまったことで、クラスの雰囲気を危険区域(?)に持って行ってしまったかもしれないという危惧も感じました。日頃からクラスの騒音(おしゃべり、不規則発言、遊び)の元となっている数名の男子生徒(特にA男とB男)の発言をほとんど野放し状態にして-いや、さらに火に油を注ぐように扱って-話を進めたことは、学級担任がそういう行為を容認しているというメッセージをクラス全員に送ったことになるので、それが他の場面で悪い方向(授業中のおしゃべりや不規則発言が増えて先生方を困らせる、生徒同士が無遠慮なことを言い合って雰囲気が悪くなる、等)に働かないかという心配をそれまで以上にすることになりました。もちろん、そのような男子生徒に対しては、別の場面で心配されるような言動を引き締めるような指導を並行して行ってはいるのですが…。生徒を叱りすぎて萎縮させないように、かと言って野放図にして調子に乗せすぎないように、どのようにしたらバランスのとれた指導ができるのか、試行錯誤の毎日です。
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