2. いじめる側の心理

【きっかけ・ねらい】

4月に「いじめ」についての話をし、5月には外部講師を呼んで、いじめがもたらす悲劇について話を聞き、その後にいじめをなくすための話し合いをしました。また、6月にはネット上のいじめについて、警視庁防犯課の方の話を聞きました。いずれも、いじめられる側の立場を理解するということが話の柱で、それはそれで大切なことではあるのですが、生徒が陥りやすい「いじめる」側の視点についての掘り下げがあまりないように思いました。そこで、それについて触れておきたいと思ったのです。

 

この話のねらいは、誰でもいじめる側になる可能性があり、それはどういう心理が働いているのかということを客観的に考えてもらうことにありました。そして、その心理は、私たちの誰もが持っている心の動きが原因であり、それを抑えることがいじめを無くすかぎになるということを伝えようと思いました。

 

【手順・工夫】

この話をするにあたっては、次のような手順を考えました。

①いきなり自分の心の中を探らせるのは難しいので、客観的な目でいじめる側の心理を分析させる。

②教師にもそういう気持ちがあるということを打ち明け(つまり自己開示する)、自分の気持ちを言い易くさせる。

③いじめたいと思う気持ちは、自分を他人より強く見せたいという動物的本能からきているという考えを紹介する。

④その動物的本能を抑えるのが「理性」であり、それを本能より強くさせることがいじめを無くす道であるという結論に導く。

 

なお、微妙な内容を扱うことや生徒の心を丁寧に掘り起こしてじっくり考えさせたいということから、一度に話してしまうのではなく3回に分けて話すことにしました。

 

【実際の話】第1回<導入編> 6/11

T:4月の終わり頃から何回かHRHや終礼で「いじめ」について考えてきましたが、今日はそのときにはあまり話題にされなかったことについて話したいと思います。それはね、いじめる側の心理です。さて、そもそも、いじめる人はなぜ相手をいじめるんでしょうね?いじめたくなるときってどういう気持ちの時か言ってみて?

A男:むかつくから!(「むかつく」と板書する。以下、同様)

B子:うらやましいから!ねたみ!

C男:むしゃくしゃするから!うさばらししたい!やつあたりかな?

D男:仕返ししたい!

E男:見た目!

T:なんだい、その「見た目」って? どういうこと?

E男:ええと、見るだけでむかつくということです。

T:じゃあ、ちょっと待った。今出た中で、そうだなあ…、とりあえず、「むかつく」「うらやましい」「むしゃくしゃする」という最初の3つを取り上げるね。じゃあ、聞くけど、みんなは誰かに対してこういう風に思ったことはある?1つずつ聞いてみるから、そう思ったことがある人は手を挙げてください。

 ・むかつく(2~3人)

 ・うらやましい(5~6人)

 ・むしゃくしゃする(0人)

  

本当かなあ? 本当にこれしかいない? だってさあ、先生はどうかっていうと、3つともけっこうあるよ。

S:ええ~!!!

F子:先生がそんなんでいいですか?

G男:誰にむかつくんですか? 先生にですか?

T:ちょっと待って。思っていたより反響が大きいから驚いている。G男くんが質問したのは、何を知ろうとして聞いているのか何となくわかるし、誰にどうこうなんてことをここで問題にするつもりはないので、今の質問には答えません。

G男:(まずいことを聞いてしまったのかなという顔)

T:それよりも話題にしたいのは、「いじめ」は良くないということを教えなければならない先生にも、結果的にいじめにつながるかもしれない気持ちになることがあるということです。これって、どうしてなんでしょうね?

S:(みんな私が何を言うかと注目している)

T:私が思うに、さっき挙がった3つは、表面上はちょっとちがうけど、根っこにある心理は同じじゃないかと思うんだよね。今日はこれでこの話は終わりにするけど、次回はその根っこの気持ちを考えてみたいと思います。

 

【実際の話】第2回<発展編> 6/12

T:昨日話題にした「いじめる側の心理」ですが、今日もその気持ちについて考えてみたいと思います。昨日、アンケートをとった3つの気持ちですが、覚えていますか?

A男:「むかつく」

B男:「うらやましい」

S:(・・・)

T:あと1つは何でしたっけ?私の手帳には「むしゃくしゃする」って書いてあります。

C男:ああ、そうだった。

T:では、その時に手を挙げた人は…、それが誰だったか覚えてないんですけど…、どういう時にそう思うんだろう?例えば、「むかつく」ということに手を挙げた人は?

C男:なんだか、自分の悪口を言われていることが聞こえてきた時です。

D男:自分の自慢ばかりしているヤツ。

T:なるほど。そういう時にむかつくんだ。じゃあ、「うらやましい」と思うときは?

E子:テストの点がいい人。

F子:顔のいい人。

G子:ええとねえ。自分よりも性格がいいと思う人がいて、その人のようになりたいなと思ったとき。

T:では、「むしゃくしゃする」時って?

S:(・・・)

T:誰だっけ、これ言ったの?

S:(・・・)

T:じゃあ、他の人でもいいよ。「むしゃくしゃする」っていったら、どんなときだろうね?

E子:テストの点が悪かったとき!

G子:そう、そう。それでお母さんに怒られたとき。

T:なるほどね。「むしゃくしゃする」って、もう少し客観的に見ると、どういう気持ちなんだろう?

S:(・・・)

T:ちょっと難しかったかなあ。じゃあ、先生の話をするよ。正直に言うと、先生はあまり人に対して「むかつく」とか「むしゃくしゃする」とかいうことはないんです。

S:(「な~んだ、さっきの話とちがうじゃん」というホッとした顔)

T:でもね、「うらやましい」と思うことはある。

E子:どういう時ですか?

T:スタイルのいい人を見たとき。顔の方は、まあ、自分で自分のことをハンサムだと思っているから、そうでもない。

S:え~!!!

T:ふんっ!そういう反応をすると思ったよ。へへへ、引っかかった!

S:(ニコニコ笑っている)

T:ええと、スタイルのいい人ね。ちょうどみんなと同じ歳の頃は特にそういうことが気になったなあ。特に、先生は昔からよく「短足!」とか言われてたから、そのことにコンプレックスがあって…、実は今でもあるんだけど…、足がスラッと長い人を見ると、「いいなあ」って思うことはある。でも、これはどうしようもないことなので、あきらめてるけど。これだけはどうしようもないからね。その分、何とか努力で解決できそうな…、例えば、少しやせるとか…、それでしのいでいるかな。あっ!そうそう。先生はメタボじゃないぞ。

G子:先生、うちのパパねえ、ブタなの~。

T:(一瞬驚いたが、チャンスだと思った)ちょっと待った。あなたは今なんで「うちのパパはブタなの」と言ったの?なんで「ブタ」って言ったの?「かなり太っている」と言わなかったの?

G子:だって、ブタなんだもん…。

T:「かなり太っている」じゃダメ?

G子:まあ、それでもいいですけど。

S:(みんなの顔が緊張している)

T:ごめんね。あなたの発言をとらえて、それを責めているみたいだけど、とても大切なことだと思ったので、つっこませてください。さっきね、「ブタなの」と言ったときのあなたの気持ちを分析してみてくれない?

G子:(・・・)

T:その発言をしたときの、あたなの気持ちはどんなだったか説明できる?

G子:(・・・)

T:実はね、なんでつっこませてもらったかというと、あなたの発言の中に「いじめ」の根底にある心理に関係することが隠されているような気がしたからなんです。それが何かを説明するのは、とっさのことで今すぐには先生もできそうにないので、今日はこれでやめておきます。G子さん、ごめんね。あなたの発言につっこんでおいて、途中でやめちゃって。

G子:いえ、大丈夫です。

T:次回までに先生も今日の続きをうまく説明できるように考えてきます。みんなもそれを考えてきてください。今日はこれでおしまいにします。

 

【こぼれ話】

終礼の後、G子が私のところにやってきて、次のような会話を交わしました。

 

G子:先生、さっきのことなんですけど、私がパパを「ブタ」って言ったのは、パパを少しバカにしてやろうと思ったからじゃないかと思います。

T:へえ、そうだったんだ。どうしてそう思ったの?

G子:私、パパっ子なんですけど、今イギリスに行っていて寂しくて。それで、3人兄弟の真ん中なんですけど、いつもママからいろいろ言われて、お姉ちゃんにもきつく言われるし、ママは小さな弟にかかりっきりだし…。パパがいれば寂しくないのにって思ってるんです。

T:そうかあ。大変だったんだね。

G子:はい。でね、さっきのことなんだけど、先生が言おうとしたことって、いじめって人をバカにしたりして、自分の方が上だって思いたいってことじゃないんですか?

T:ほ~、なんでそう思った?

G子:だって、人をうらやましいと思ったりするっていうのは、自分がその人より下だってことがいやだということでしょ?

T:う~ん、そうかあ。先生が言おうとしていたことがわかっちゃったみたいだね。次回はそこへ話を持って行こうと思っているんだけど、みんなにもう少し考えてもらいたいから、あなたは最後までそのことを黙っていてくれないかな?

G子:わかりました。

 

【実際の話】第3回<結論編> 6/15

T:先日は、いじめにはいろいろあるけど、その根本にある、いじめる側の心理には共通のものがありそうだという話をしました。それで、どんな点が共通なのかを考えてごらんという宿題を出したんだけど、誰か考えてきた?

S:(・・・)

T:ちょっと難しかったかなあ。それともあまり関心がなかった?

S:(・・・)

T:じゃあ、あの時にG子さんが「うちのパパはブタなんです」と言ったことに対して私がつっこみを入れたところ、G子さんは終礼の後に私のところに来て、その時の気持ちを話してくれました。詳しい話は本人のために言わないようにしますが、G子さんは自分の気持ちをきちんと分析できるくらいの人でしたので、いじめる側の共通の心理についてもある見解を持っていました。そこで、それを聞いてみたいと思います。G子さん、話してもらえますか?

G子:うまく言えるかどうかわからないんですけど…。

T:まあ、とりあえず言ってみて。

G子:たぶん、自分が他の人より上になりたいっていう気持ちだと思います。

T:もう少し詳しく説明できる?

G子:例えば、悪口を言ったり、陰口を言ったりすれば、自分がその人の上に立てるっていうか…。よくわかりません…。

T:ありがとう。じゃあ、G子さんのことばを拾って先生が勝手に言ってみます。注目したいのは、「自分が他人より上に立ちたい気持ち」という部分です。こういう気持ちってみなさんにはありませんか?

S:ある、ある。

T:そうでしょ?先生にだってあるんですよ。例えば、先生は他の先生よりもいい先生になりたいって思っている。そうすると、手っ取り早いのは、他の先生を見下げて、自分が少しいい気分になるということ。もちろん、常にそんなことを考えているわけじゃないけど、たまにそういう風に考えてしまうこともある。そうすると、自然にそれがことばや態度に出ているんじゃないかなと思うんです。そういう時は、きっと先生の誰かを傷つけていると思います。実は、思い当たることがけっこうあるんです。

S:(みんな真剣な顔で聞いている)

T:おそらく、そういう時は、相手の人からすると、いやな気持ちにさせられているでしょう。それが何度も続けば、きっと私はその先生をいじめてしまっていることになると思います。もちろん、意図的にやっているわけではないから誤解しないでください。でも、意図的でなくても、いじめはいじめでしたよね。

S:(みんな黙って聞いている)

T:じゃあ、私だけでなく、みなさんにもそういう気持ちがあるとすると、それはどういうところから出てくるんでしょうね?

S:(・・・  )

T:それはね、おそらく動物としての本能だと思うんですよ。

S:(「へっ?」というような顔をしている)

T:動物には、他よりも強くなりたい、そしてよい子孫を残したいという本能がある。そして、人間以外の動物は、それがストレートに行動に出る。だから、人間にも「いじめたい」っていう気持ち…、いや、「他人よりも上に立ちたい」っていう本能がどこかにある。だから、そういう気持ちがあるのはごく自然だと思います。

S:(いったいどういう話になるのかと不安な顔をしている)

T:ただ、それをストレートに出さないようにする知恵というか、これも気持ちの1つですけど、人間には本能を抑える、その対極にある意識もあるよね?

S:「理性」

T:そうそう、それ。「本当は~したいけど、我慢する」みたいなやつ。話が長くなったので、そろそろまとめようと思うんだけど、ちょっと生物学的な視点から言うと、いじめる側についついなってしまうというのは、この理性が弱い人ということになると思います。自分のことを棚に上げて言ってしまえば、この理性を強く働かせられるようになれば、いじめる側になることを避けられるんじゃないでしょうか。ぜひ、みなさんにもいろいろな場面で理性を働かせて、落ち着いて行動できる人になってほしいと思います。そのためには、他の人に対して「~したいな」と思ってしまったときに、ちょっと立ち止まって、自分の心の中を覗いて、本能に勝てる理性を探してください。では、この話はこれで終わります。

 

【補足】

ここからは本編には書かれていないことなのですが、改めて今回の話を読み直してみると、テーマの重さに比べて実際に話した内容が浅くて中途半端であったなと反省しています。話の目的はタイトルのとおりにいじめる側の心理について考えることでしたが、それをどうコントロールしたらいいかという具体的なアドバイスにまでは食い込むことができませんでした。

 

ただ、自分の深層心理に気づき、その解決方法は自分で探してもらうきっかけにはなったかなと思っています。また、G子がうっかりもらした父親に対する気持ちを拾えたこと、そのG子が終礼の後に自分の気持ちを伝えに来てくれたこと、そしてそれを次の話に利用することができたことは、計画どおりではない、生きた話の中をどう展開するかという意味では比較的うまくいった例ではなかったかと思っています。

 

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