(1) 全校生徒に挨拶をしっかりするように話した例から

◇状況

新型コロナウィルス感染症対策により2020年8月最終週からようやく始まった全校登校(ただし、時間差通学、40分授業)によって、学級担任を持たない筆者は、生徒昇降口で毎朝検温係(ピストル型検温器使用)を務めていました。同様の先生が他に3人いたので、筆者だけで毎朝だいたい150名前後の検温をしていたのですが、その際に挨拶をしない生徒が比較的多いこと(約4割)が気になっていました。

 

そのことについて、どこかで全校生徒を指導できる機会がないかと思っていたところ、同年9月の最終週に週番教員(本校では学級週番以外にそれを統括する全校週番という生徒の活動があり、全教員が輪番でその指導にあたることになっている)として全校集会(毎週月曜日の昼休みに開催)で話す機会が来ることがわかったので、約1ヶ月前から話の構想を練り始め、原稿を書いて準備しました。

 

9/28(月)の昼休みにその機会があり、全校集会の最後にその話をしました。ただし、全校集会は通常であれば中庭に615名の生徒全員が整列して行われるのですが、その時点ではいわゆるソーシャル・ディスタンスの確保のためにそれができず、やむなく生徒は各教室で放送を聞くという形をとっており、筆者の話も放送室からマイク越しに生徒に伝えました。

 

◇実際の話(原稿より)※段落の○数字及び色字の部分は「話の工夫」の説明用。


①みなさん、こんにちは。週番教員の英語科・肥沼です。

 

②久しぶりに週番教員としてここで話す機会をいただいたので、みなさんの生活に関する話をしたいと思います。

 

この話には「印象統計」というタイトルが付いています。印象とは、「~についてこう感じる」というような個人の主観的な感覚のことですね。一方、統計とは物事の有様を客観的な数値で表すことです。この主観的な「印象」と客観的な「統計」が一緒に同居することばがあるはずはありません。実は、印象統計ということばは、私が勝手に作った造語です。

 

④ただ、個人の印象もある程度回数がたまってくると、ある一定の傾向が見えてきて、おそらく数値で表す意味が出てくると思っています。そこで、今日はみなさんの生活のある側面に対する私の印象統計について話します。ちなみに、今回示したいみなさんに関する数値は「5・4・1」です。これだけではいったい何のことがわかりませんね。ヒントは私が毎朝みなさんの多くと顔を合わせるときに得られたデータだということです。

 

⑤私はほぼ毎朝生徒玄関のところでみなさんの体温測定をする係をやっています。私一人で一度に200人近くの人の検温をしていますから、みなさんも一度くらいは私のところに来たことがあるかもしれません。その時に私の所に来た一人一人にあることをしていて得られたデータが「5・4・1」です。  これでもわからないかもしれないので、答えを言います。私は検温に来た人一人一人に検温をする前に「おはよう!」と元気に挨拶をします。その時のみなさんの反応が大きく3つに分けられます。そう。「5・4・1」とは、その反応の割合が「5対4対1」、つまり、50%、40%、10%とであることを指します。

 

⑥具体的には、約50%の人が「おはようございます」と言葉を返してくれる人です。約40%は何の反応も示さない人です。では、残りの10%はどういう人だと思いますか? それは、先生が「おはよう」と言う前に自分の方から「おはようございます」と言う人です。そしてこの10%の人のさらに約80%の人は終わった後に「ありがとうございました」と言ってから行きます。そのような生徒が私の横をすり抜けていくとき、私はなんだかとてもさわやかな気分になります。そして、「ああ、この生徒は今日一日を明るく元気に過ごすんだろうなあ」と勝手に想像しています。

 

⑦ここから言えることは何でしょうか。よく「挨拶はしっかりしなさい」と言われます。その場合はたいてい、「挨拶は礼儀であるからしっかりとしなさい」というものでしょう。確かに、私自身も「おはよう」と声をかけたのに何も言わない生徒には「おい、おい。先生が挨拶しているのに無視するのかよ」と思います。何も言わなくても心の中で思っているのですよ。普段ならそれを口にするか態度に表しますが、あまりにも数が多くて言う気力が失せてしまったということもありますし、おでこに拳銃のような検温器を突きつけられたら「おはようございます」なんて言う気分になれないだろうなあとみなさんの気持ちを思って言わないようにしています。まあ、そういう事情は配慮したとしても、挨拶されたら挨拶を返すぐらいの気持ちを持って行動できる人になってほしいですね。

 

⑧ただ、今回の話で私が最も言いたいのはそこではなく、先ほど紹介した10%の人の言動です。あくまでも個人的な感想ですが、先ほど私はそのような生徒の言動にさわやかな気分にさせられたと言いました。ここが重要です。挨拶は礼儀ではありますが、さらに人と人との心をつなぎ、かつ相手の人の心を和らげる効果があります。そうです。「おはようございます」と自分から言い、「ありがとうございました」と言って笑顔で去って行く人は、その瞬間に相手の人の気持ちをよい方向に高めているのです。こういう人は、自分と関わる人に良い影響を与えているということになります。つまり、自分のちょっとした言動で周囲の環境を良いものに変えていくことができる人です。

 

⑨大人への階段を上り始めたみなさんに今最も必要なことは、この自分を取り巻く環境を変えるのは他人ではなく自分自身だということに気づいてもらうことだと私は考えています。それを伝えるために少々回りくどい話をしました。

 

⑩コロナ禍でなかなか明るいニュースがない今日この頃です。明日から、いや今から、みなさん一人一人の元気な挨拶でみなさん自身を取り巻く環境を、ひいてはこの学校の雰囲気を明るく元気なものにしていってほしいと思います。明日の朝、私を含めた検温係の先生方にみんさんの方から「おはようございます」と言ってくれるのを楽しみにしています。

 

⑪私の話は以上です。長時間ありがとうございました。 


◇話の工夫

上記の話をするにあたって、原稿を作成する上で意識したことを段落ごとに説明します。各項目の○数字は、上記の話の段落数字と一致しています。 

 

①自分のことを知らない生徒もいますから、話をしっかり染み通らせるために自分が誰かをはっきりさせます。それをやらずにいきなり話し出す先生がけっこういますが、一見するとどうでも良さそうな細かいことも生徒の聞く姿勢に影響を与えるので、念のために話しておきます。

 

②これから話をすることの理由を説明します。生徒に話を聞こうとする心構えを作ってもらいます。

 

③「いったい何の話だろう?」と思わせる工夫をします。今回は少し奇異に感じるタイトルを話に付けてみました。これもすぐに答えがわかるようようなものでない方が効果的です。一応、話の“落ち”も説明しておきます。

 

④「みなさんに関わるある数字を示します」は私の常套手段です。ほとんどの生徒が「いったい何だろう?」と興味を示してこちらを見ます。これは「終礼の話」で何度も使って成功したやり方です。

 

⑤上記で示した数字の中身を説明します。ただし、いきなりすべて言ってしまうのではなく、具体的な内容はこの時点では“お預け”として生徒の気持ちをじらします。この「じらし」が重要です。これによって生徒の気持ちを集中させることができます。賑やかなクラスではおそらくこの時点でああだこうだと騒ぐようになることもあるでしょう。それはこちらの話に生徒が乗ってきた証拠でもあるので、その騒ぎを上手に利用するようにします。例えば、何のことか想像した答えを言わせてみるようにすると、益々生徒を話に引き込むことができます。

 

⑥先に示した数字の具体的な内容を明かします。この時点では「マイナス」の内容と思われることについての詳しい言及は避け、最終的な提案につながる「プラス」の内容を詳しく説明します。それによって、生徒は自分の足りなかった点に気づき、何をしていれば相手にプラスの印象を与えることができていたかを振り返ることができます。マイナスのことを厳しく糾弾されるより、プラスのことをできなかった後悔の気持ちを呼び起こします。

 

⑦ただし、マイナスのこと(できなかったこと)がなぜそう評価されるのかもきちんと説明しておきます。そうすることで生徒にそれを改善しようという気持ちを持たせることができます。生徒は心の底ではきちんとしたいと思っています。その気持ちを上手に延ばしてあげられるように説明します。また、厳しい内容の中にも生徒の気持ちに寄り添った発言をすることも大切です。後半の部分で検温器を突きつけられたときの生徒の気持ちを察した表現を入れているのもそのためです。これによって、「先生は自分たちのことを考えた上で厳しいことを言っているんだ」という気持ちを持たせることができます。これがあるとないとでは生徒の受ける印象がかなり変わります

 

⑧「プラス」のことがなぜそう評価されるのかを丁寧に説明します。前向きな気持ちで生活することが自分の生活をより豊かにすることを印象づけます。筆者が力を入れるのがこの部分です。生徒の行動で何か気になる部分を発見した場合は、その気になる部分を厳しく指摘するのではなく、それがどう改善されているとよいかの目標の部分を示すようにします。つまり、生徒の気持ちが下がる「マイナス」の部分の指摘は最低限にして、生徒の気持ちが高揚する「プラス」の部分を強調するのです。このように話すと、生徒の気分を悪くすることなく前向きにすることができます。また、そのような話し方をしてくれる教師を受け入れようという気分を持たせることもできます。

 

⑨今回なぜこの話をしたかの理由を説明します。一見すると無くてもよいことのように思えますが、これまでの話は気まぐれで話したのではなく、きちんと目的を持って考えてきた話であることを印象づけられます。

 

⑩話の内容を受けて実際の行動目標を示します。これを具体的に話すことで生徒の行動変容を促すことができます。しかも、その行動変容によって自分を取り巻く環境がどう変わる可能性があるのかも示します。そうすると、生徒はそれを楽しみにしてやってみようという気持ちになります。

 

⑪話の終了を告げることで生徒の緊張感を解放してあげます。また、これは個人的なスタンスですが、生徒の大切な時間を使って話したことに対するお礼もします。そのような姿勢が生徒に好印象を与え、そこまで話した内容の受容度を上げることになります。

 

◇話の成果

今回の話には次のような効果が具体的にありました。

 

◆終了後に全校生徒から大きな歓声と拍手が起こり、それが放送室まで聞こえてきました。週番教員の話に対して拍手が起こるのは異例です。それだけ生徒の心を揺さぶることができたのでしょう。

◆終了後に何人もの先生から「よい話をありがとうございました。」という感想をもらいました。先生方にも今回の話は共感していただいたようです。

◆翌日から挨拶をする生徒の割合が圧倒的に高まりました(約9割)。しかも、自分から明るく挨拶する生徒もかなり増えました。中には筆者の話に触発されて実行していることをアピールする生徒もいました。

◆この話から2週間余りが経った、これを書いている今(10/14)もそれは変わりません。それが一時的なものではなく、長続きすることを願っています。<追記>この話から約1ヶ月が経った10/29でもその状況はほとんど変わっていません。どうやら挨拶が根付いたようです。 

 

◇こぼれ話

ここまでの話を読まれた先生方の中には、「生徒が挨拶をしない学校なんてあるの?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。恥ずかしい話ですが、筆者の学校では伝統的に(?)そういう傾向があり、なかなかその状況が改善されません。クラス単位や学年単位では指導するので一時的に改善されますが、学校全体としてはなかなか改善されません。

 

また、「それはあなたの学校の指導が足りないんじゃないの?」と思われた方もいらっしゃるでしょう。確かにそういう部分もありますが、それがすべて本校の指導のせいかというとそうとも言い切れません。なぜかと言うと、筆者のこれまでの経験(北は青森から南は熊本まで多くの学校を訪れた経験。「講演記録」参照)からすると、一般的に次のような傾向があるからです。もちろん、あくまでも筆者の「印象統計」ですが…。

 

・地方の田舎にある学校の生徒はよく挨拶をする。

・都心や地方都市周辺にある学校の生徒はあまり挨拶をしない。

 

上記の指摘に対して、都市部にお勤めの先生の中にも「うちの学校だって生徒はきちんと挨拶をする」とおっしゃる方がいるかもしれませんが、それは田舎の学校をご覧になったことがないからです。挨拶の質がちがいます。何かの機会で訪れることがあれば、生徒たちの明るく元気な挨拶の声に驚きますよ(笑)。

 

これに対して筆者は次のような仮説を持っています。

 

〇地方の田舎では、学校だけでなく地域が一体となって小さい頃から挨拶の大切さを教え、それを実践してきているので、挨拶をすることが当たり前になっている。それは知り合いに対してだけではなく、通りすがりの人にも挨拶をしようという気持ちにつながっている。

▽都心や地方都市周辺では、地域の教育する機会が田舎ほど多くなく、小さい頃から出会った人に挨拶をする習慣が身についていない。また、あまりの人の多さや出会う人の多様さによって挨拶をするのが面倒になり、挨拶をしないことがいつの間にか染みついてしまっている。

 

実は、上記のことは筆者がアメリカに留学していたとき(1983-84)にも感じたことです。すなわち、筆者が住んでいたネブラスカ州オマハ市(中西部の田舎街)では、スーパーの店員と客同士も必ず挨拶を交わしたり("Hi. How are you doing?" "Pretty good.")、学生同士も通りすがりの人同士も目が合うと必ず "Hi!" と挨拶したりするのに対して、旅行で訪れたニューヨークやシカゴなどの大都市ではそういうことはまったくありませんでした。

 

つまり、本校の生徒は後者(都心の学校)に分類されるので、教師がかなりの努力をしないとなかなか生徒が挨拶をするようにならないのだと考えられます。特に、本校の生徒はほとんどが電車通学をしており、登下校中も無言の大人達に囲まれているだけで、地域の人たちの指導を受けることもないのでなおさらです。

 

以上のような事情があって、なんとかその状況を改善したいと今回の話を企画しました。実は、同じ趣旨の話を数年前から準備してあったのですが、ここ数年は「週番教員の話」を“相棒”の若手の先生に任せていたので、ずっとその機会を逸してしまっていました。しかし、今回はコロナ禍という特殊な状況もあり、生徒に少しでも前向きに明るく生活を送ってもらう変化を起こさせようと、相棒の先生にこの役目を譲ってもらいました。さらに、筆者が元教務部長(教務主任)で校内最年長の教員(再雇用や非常勤の先生を除く)であるという立場から、学校全体を向上させるような話をしやすかったということもあったでしょう。

 

(2) 全校週番によりよい週番活動を行うように話した例から へ

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