遺跡の発掘というとみなさんがイメージするのは、地面から顔を出した遺構や出土品をハケなどを使って丁寧にきれいにしていく作業でしょうか。確かに、筆者が経験した発掘でもそのような作業はありましたが、実際の作業はそれだけではありません。そこで、今回は筆者が経験した具体的な発掘作業についてお話ししましょう。
話だけではイメージがわかないかもしれないので、筆者が発掘作業に取り組んだ埼玉県入間市の教育委員会が発行した『入間市の遺跡-発掘された郷土の文化財-』(1994年)という本(非売品)に掲載されているイラストを使って詳しく解説したいと思います。説明はすべて拙著で、イラストのない項目は筆者が独自に立てた内容です。
⓪ 試掘(事前調査)
発掘を担当する機関(多くは都道府県や市町村の教育委員会。発掘事業財団や民間会社に委託される場合もある)は、当該の場所が発掘が必要な場所であるかどうかを調査します。そのために、当該場所の試掘を行い、土器や住居の痕跡などがあるかを確かめます。当該場所が畑などであれば、多くの場合、表面に土器のかけらがあったり、少し掘るだけでそれが出てきたりします。
遺跡がありそうだとわかった場合、開発業者は必ず建築作業の前に発掘作業をしなければなりません(埋蔵文化財保護法)。上記のとおり実際の作業は資格のある団体が行いますが、それにかかる資金は開発業者や土地の持ち主が支払います。
① 発掘の準備
この作業は、筆者のようなアルバイトが手伝いを始める前に担当者(多くの場合、地元の教育委員会)の人たちが済ませてしまっています。
数百年~数千年をかけて積もった分厚い土の表面(表土)の多くは、ブルドーザーなどを使って剥がしてしまことが多いようです。
② 表土剥がし
数メートルごとに打たれた杭に沿って、表面の土をシャベル(スコップ)ではがします。この作業はとても大変で、工事現場の肉体労働と変わりません。特に、夏の炎天下で行ったときは本当にまいりました…。
③ 遺構探し
表土をある程度剥がしたら、今度は「じょれん」(イラストの左の人が持っている先が金属製の道具)で丁寧に表土を掘り進めます。
そして、かつて住居があった時代の地面まではがし終わると、そこに住居のために掘った穴(イラストの斜線部分)がくっきりと現れてきます。
④ 遺構清掃
住居跡と思しきところは、「移植ごて」(小さなシャベル)を使ってていねいに土をはがしていきます。関東地方であれば、固い黄色い土(関東ローム層)まで掘れば、そこが住居の床です。
途中で土器やカマドなどが出てきた場合は、竹べらや竹串などを使って、細かく土を落としていきます。
⑤ 遺物の実測・現状写真撮影
出土した遺物は、取り出してしまう前にどのような状態でそこにあったのかを図面と写真に残します。
図面は、杭で囲った区画の中にさらに水糸(家の建築現場で大工さんが使う黄色く細い糸)を十字に張り巡らせ、それと方眼紙の目盛を対応させるようにします。縮尺はたいてい1/100です。
遺物を真上から覗き、その中心がどこにあるかを水糸からの距離をメジャーで測って記録します。大きな遺物であれば、だいたいの形を図面に描くこともあります。
図面ができたら写真を撮り、それで初めて遺物を取り出すことができます。
⑥ 遺構の実測・描画
遺構は、よく道路工事などで見かける方法で実測して、図面におこします。
そのためには、水平器の付いた測量機器を使用し、その上に図面板を固定します。そして、二人一組で遺構を測量して記録します。
測量は、方角、距離、高さ(深さ)について行います。方向は機械を覗いて赤白の測量棒にぴたりと合わせると決まります。距離は三脚中央真下から測量棒までの距離をメジャーで測ります。以上の2点で図面のその場所に点を打ちます。高さ(深さ)は棒の赤白線の位置でわかります。それを数字で図面に書き込みます。
例えば、左の遺構であれば、遺構上部の周囲を一定の距離を空けて測量した点を打ち、あとですべての点を結べば周囲の絵が描けるということになります。
最初の頃は、筆者は主にイラストの手前の人の役目を担うことが多かったのですが、仕事内容を覚えるにしたがって、奧の測量を行う人の役目を担うことが増え、しばらくしてからはそちらが専門になりました。
⑦ 遺跡全体の写真撮影
すべての遺構の測量が終わったら、遺跡全体の写真を撮ります。そして、それで発掘作業は終わりです。
ときどき新聞やテレビなどで遺跡の見学会のニュースを読んだり見たりすることがありますが、多くの場合はこの時点で行われます。発掘途中で見学会を開くと、遺物を盗まれる可能性があるからです。実は、筆者が関わった遺跡でも遺物の盗難(盗掘)に遭ったことがありました。その時も発掘途中で見学会を開いたときでした。
⑧ 遺物の洗浄・復元、報告書の作成
遺跡の発掘作業が終わると、発掘した遺物の整理があります。
まず必要なのが遺物の洗浄です。歯ブラシなどを使って丁寧に水洗いで汚れを落とします。
次に復元作業があります。土器の場合はたいてい欠けてしまっていたり割れていたりするので、できるだけそれを元の形に戻します。すべての“部品”がある場合は、立体パズルを組み立てる要領で作業をします。かけらの形、色、厚さ、欠けた部分の形などを見ながら、ちょうど合う他の部分を探します。接着は透明なボンドを使います。足らない“部品”がある場合は、その部分を石膏で作って埋めます(出土品の一部が白くなったりしているのはそのためです)。
最後に報告書を作成します。まず、現場で描いた図面は汚いので、きれいな紙にトレースし直します。次に、記録ノートを元に説明原稿を書きます。基本的にこれらの作業は担当責任者の仕事ですが、あまりにも作業量が多い場合は“下請け”に出されることもあり、筆者も何度か図面のトレースや原稿書きを行ったことがあります。そこまで手伝った遺跡では、報告書に協力者として氏名を載せてもらいました。
Ex. 遺跡の埋め戻し ※この仕事はアルバイトはしません。
発掘を行うのは、遺跡がある場所に何か建物を建てたり道路を作ったりする場合です。したがって、特に重要な遺跡(例:三内丸山遺跡、登呂遺跡、吉野ヶ里遺跡、など)で保存を目的として発掘したのでないかぎりは、発掘した場所は埋め戻すことになります。埋め戻しの現場は見たことはないのですが、聞くところによると、ブルドーザーで一気に地ならしをしてしまうことが多いそうです。せっかく丁寧に掘り返した大切な遺跡も、一瞬のうちに埋め戻されてしまうわけです。
なお、筆者が参加した2カ所の遺跡は、後にそれぞれ小学校と工場(さらに後にゲーム施設)が建設されました。当然ながら、そのような大きな建物を建てるには大がかりな土台工事が必要ですので、おそらく遺跡は完全に破壊されてしまったことでしょう。
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