「チャット」とは chat、つまり「おしゃべり」のことです。このことばが日本で初めて一般的に使われるようになったのは、パソコン通信(今でいうLINEのようなもの)が流行ったころでしょうか。パソコンをとおしてリアルタイムでやりとりができることから、単なるおしゃべりから仕事の打ち合わせまで幅広く用いられたことで、このことばも定着しました。
そのチャット、すなわちおしゃべりを英語の授業の中でコミュニケーション活動として行う試みはかなり以前からありました。そうした先生方の実践があったからでしょうか、教科書でも平成24年度本あたりから「話すこと」の練習活動として取り上げられ始めました。
しかし、「単におしゃべりをしろと言っても生徒は黙っていて活動しない」、「有効な指導方法がわからない」という声も多く、いつの間にかあまり活動としては話題に上らなくなりました。しかし、筆者や同僚の指導経験からすると、やり方さえ工夫すれば、有効なコミュニケーション活動になりえることがわかっています。
そこで、今回は筆者及び同僚とこれまでに行ってきた「チャット」の指導事例をご紹介しましょう。
1.指導の基本的方針
この活動を効果的にするには、次のような点に注意して指導する必要があります。
(1) ペアやグループで会話するという活動に慣れさせる
日頃からペアやグループで活動させることを行っていればそれほど難しくありませんが、そうでない場合はまずここから始めなくてはなりません。「教科書に活動が載っていたからやってみたけど、生徒は全然話さなかった」というような場合は、そもそもそのような活動を日頃からやっていないのに、いきなり「話してみなさい」と放ったからだと思われます。これでは会話をするはずがありません。
そこで、まずは定型でもいいですから、ペアで会話をするという活動に慣れさせてください。これは、文型練習のために質問と答えの文をやりとりさせるというのではありません。文の形ではなく、内容面に焦点をあてた会話の練習です。
例えば、本コーナーの「(3) 4行対話発展活動」のようなものがそれにあたります。これもいきなり発展させるのではなく、まずは与えられた4行の中の情報の部分だけを生徒に自由に変えさせて会話をさせてみるのです。こうすれば「インフォメーション・ギャップ」ができて話をする“必要性”が出てきます。それがないまま話せと言っても、生徒は「そんなつまらないことできるか」と思ってやってくれませんので、注意してください。
(2) 中・長期的なスパンで行う
チャットを行うには授業の中の一定時間を使います。しかし、だからと言って一度きりで終わりにしたりたまにやったりするだけではあまり効果がありません。また、教師側としても一度きりで終わりにしてしまうようでは、この活動の良さには気づかないでしょう。
そこで、できれば一定期間、授業の度に一定時間をこの活動にあてるようにしてみます。そうです。いわゆる「帯活動」とするのです。
このやり方のよいところは、毎時間のように同じ場所で同じ活動を行うので、活動を行う度にいちいちやりかたを説明する必要がなくなること、生徒もいつもやっていることなので安心して活動に取り組もうとするところです。
ただし、毎時間同じ相手と同じような内容について話すというのは生徒からすると意欲がわかないことなので、相手や内容を変える工夫が必要です。その実例は後ほどお話ししましょう。
(3) 活動する意欲がわくトピックを与える
チャットの成否を左右する要因の1つがトピック選びです。そこで、生徒が話しやすくて話してみたいと思うようなトピックを選ぶ必要があります。これは英語学習の進度(たいていは学年)によって異なります。中1くらいであれば単純な内容ほど興味をもって活動しますが、中3にもなると知的好奇心をくすぐるようなテーマでないと話す意欲を見せません。ただ、後者になればなるほど使う表現も難しくなりがちですから、生徒の実態を考えてバランスをとるようにします。
また、いつもトピックを教師の方から与えるとしておくと、「ネタ切れ」が起こって活動が続かなくなったり同じトピックの繰り返しでマンネリ間が出て活動の質が下がることがあります。このようなときは、生徒からトピックを出させるようにすると上手くいきます。生徒は自分が話したい、あるいは仲間にも話してもらいたい、トピックを考えてきますから、結果として活動の質が上がることが多くなります。教師の労力を軽減することにもつながるので、一石二鳥です。
(4) 活動する目的を与える
チャット活動の最大の誤解は、単なるおしゃべり活動だと思われている点です。確かに、そのままおしゃべりをさせるだけの活動であれば、そう思われるのも仕方がありません。実際、そのような活動をしたことのある先生方の多くが「やらせてみたけど、生徒はほとんど活動しなかった」とおっしゃる方でしょう。
しかし、おしゃべりにそれを行う目的を与えられれば、生徒もやる気をもって臨んでくれます。これに対して、「そんなことができるのか?」と思う先生もいるかもしれません。おそらく、そういう先生はこの活動を単体で考えているのだと思います。
この活動の肝は、この活動の後に何が待っているかということです。すなわち、「ポスト・アクティビティー」と組み合わせて考えるということです。このポスト・アクティビティーがあることで、その前のチャットを行う目的が生まれます。その具体的な方法はこの後に紹介しましょう。
2.指導の実際
ここからは過去に行ったチャット活動の典型的な形とその指導のポイントをお話しします。
(1) 単体のチャット活動
① 単純なチャット活動
これは最も単純なチャット活動で、基本的には隣同士のペアで活動させます。
・隣同士のペアで活動する
・与えられた質問文から始め、その答えを拾って話を続けていく
この活動には次の2つのタイプがあります。
ア)前時に学習した新文型を使った疑問文を与えてそこから話をスタートする
(例)現在完了の経験を習った直後なら
A: Have you ever been to any foreign countries?
B: Yes, I have. / No, I haven't.
・・・
イ)新文型にとらわれず、過去に学習した既習事項の中から取り組みやすい文が使えるテーマの質問文から始める。
(例)週明けの授業であれば
A: What did you do last weekend?
B: I played tennis with my family.
・・・
指導のポイントとしては以下のことがあげられます。
・活動するときは立たせて、活動が終わったら座らせるようにします。
・話し続ける目標時間を与えます。最初は30秒とかの短い時間を設定し、段々と45秒、1分、1分半というように目標と高く設定していくようにします。
・目標時間より長く話せたペアをほめてあげます。
② 同じテーマで相手をどんどん変えるチャット活動
帯活動でチャットを行うときに困ることの1つに、隣席のペアで活動させるといつも同じ相手と話すことになるということがあります。対策の1つとしては、活動の度に席を1つずつずらして相手を変えるという方法があるでしょう。
それをさらに進めたのがこの活動で、附属中では「キャタピラー・チャット」と呼んでいます。つまり、ブルドーザーや戦車のキャタピラーのように動いて相手をどんどん変えてチャット行うというものです。
この活動の良さは、同じ時間内に、同じテーマで、何度も相手を変えて、話ができるということです。仮に1分ずつのチャットさせた場合、Change the partner! の合図でサッと相手を変えさせれば、5分で5人と話ができます。しかも、同じトピックで話すので、回数を重ねるごとに自分の言う内容に修正を加えることができます。同じトピックなのに相手がちがうので同じことを言っても良いという安心感も生徒の活動意欲を高めます。
指導のポイントは、相手を変えるときの変え方をあらかじめ練習しておくということです。黒板にそのやり方を図解して、活動する前に動き方だけを練習するといいでしょう。一度行えば生徒はやり方を覚えているので、次回以降は相手を変える動作の無駄な時間が減ります。
(2) ポスト・アクティビティーのあるチャット活動
チャット単体ではなく、その後に何らかの活動がある指導例を紹介します。
① レポーティング
「チャットを行うのは、相手から情報を引き出し、それを他の人に伝えるためである」という目的意識を持たせてチャットに取り組ませる工夫です。
やり方は、最初のチャットはペアで行わせ、その後に2ペアを1つのグループとしてお互いにパートナーから得た情報を報告し合わせるようにします。
この活動の良さは、相手との一対一で行って得た情報を、今度は客観的な立場で説明するという活動に発展させられることです。中1でも一般動詞の三単現を学習すれば取り組むことができます。むしろ、そのときにやってみるといいと思います。過去形を習った後にもやらせやすい時期です。
指導のポイントは、聞き取った内容を第三者に伝えるためにはその情報が手元にないといけないので、メモをするもの(ハンドアウトやノート)を持たせてメモをさせることです。そしてそのメモは全文をメモするのではなく。キーワードだけをメモするように指導します。そうすることで、メモにある断片的な情報を使って正しい英文を創出するという練習になります。
② 振り返り学習
チャットは咄嗟に思いついた英文で話すので、後から考えるとまちがった稚拙な表現だったと思うようなことがあります(おそらくほとんどの場合がそうでしょう)。そこで、チャットの後に毎回振り返りの時間を取るのがこの活動です。
そのためにペアで自分たちの話した内容を振り返らせるのですが、それには実際に話した内容の音声記録が必要です。附属中では20年くらい前からチャットの内容を録音させてきました。初期の頃はポータブル・カセットレコーダーを全員に貸し出していましたが、数年前からはSDカード式のICレコーダーを全員に貸し出して会話を録音させていました。今ならどこの学校でもそれをタブレットで行えるでしょう。
やり方としては、録音したものをペアで聞かせ、2人で相談しながら「こういうときは、こう言えば良かった」ということを話し合わせます。そして、その話し合った内容をメモさせて提出させます。生徒同士の話し合いですから、話し合いの内容には限界がありますが、自分たちの力で何とか正しい表現を導き出す努力をするという点で価値があります。これは新学習指導要領で言うところの「主体的・対話的で深い学び」につながることであり、「思考力・判断力・表現力」を育成することにもなります。
なお、筆者や同僚の過去の実践では、どうしてもペアで解決できなかったことをクラス全体でシェアする時間を設けて、それを全員で考えたり、教師からアドバイスしたりという活動を行ったこともあります。ただし、ここまでやると活動全体にかかる時間が相当の量になるので、学習活動を含めた他の活動をいかに効率よくコンパクトに行うかの工夫が必要になります。
(3) プレ・アクティビティーがあるチャット活動
チャットにプレ活動とは何のことだか思いつきにくいかもしれませんね。これは附属中でも筆者しかやったことのない特別な活動でした。
① チャットのテーマをチャットで与える
ここまでのチャット活動の多くは、チャットのテーマや最初の文を教師が与えるというものでした。それを生徒自身にやらせてみようというのが本活動です。しかもそれを「プレ・チャット」で与えるというものです。
令和元年度に3年生で実施したチャット活動では、全生徒に自分が話したいチャットの内容を考えさせ、それを毎回2名が教師(つまり筆者と)とチャットをすることで、仲間にチャットのテーマを与えるという方法を実施しました。
一人の生徒が自分の話したいトピックで数文自分の言いたいことを言い、その後に筆者にそれに対する質問をしてきます。筆者もなんとかその話題に食いついてその質問に応じます。生徒はその答えを聞いてまた次のことを話し筆者とやりとりを続けます…。
② ペアでチャットを行う
こうして1分半ほど話した内容が、他の生徒へのチャットのテーマの導入となるのです。生徒たちは黒板に書かれたタイトルと、仲間と教師が話した内容を踏まえた上でそのテーマでペアで話します。
③ ペアでチャットを聞いてより良い表現を考える
これは(2)の②と同様です。
④ ペアで解決できなかったことをシェアする
これも(2)の③と同様です。
この①~④を計20回(①は計40人)行ったわけですが、回数をこなしていくうちに生徒同士で解決できることが増えていきました。したがって、教師が助けに入るような表現はかなり高度なものになりました。
☆この活動のコスト・パフォーマンス☆
一方、これだけの活動をするには毎回20~25分、つまり授業の約半分を費やすことになります。それだけの価値があるのかという疑問がわくと同時に、それでは新出事項の学習時間をどうやって確保しているのかという疑問もあるでしょう。
以上の点については、この活動は3年生の後期であったからこそできたということにつきると思います。つまり、新出の文法事項はほぼ出尽くしており、後は教科書の内容から学ぶものが多くなっていた時期であったということです。
これにより、生徒もなんとか自分の力でより正確な英語をより多く話せるようになりたいという欲求が強くなっている時期でもあったことで、この活動に時間をかけることは教科書の内容をただこなしていくだけより面白いという感覚を持ってくれたということが、事後の生徒アンケートからも読み取れます。
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