(3) 定年退職の離任式で全校生徒に話した例から

◇状況

いよいよ現役教師として生徒に話すのはこれで最後になりました。そうです。定年退職の離任式(勤務校では異動する場合は前年度の修業式の日に離任式が行われる)で全校生徒に話す機会を与えられました。

 

ここまで、クラスで、学年で、全校集会でいろいろな話を生徒にしてきましたが、最後の最後に何を話したらいいかについてはかなり前からアイデアを練っていました。知識が豊富な先生でしたら、ここで生徒の心に響く格言や著名な作家や政治家などの有名な台詞などを取り上げて贈ることばとしたりするのでしょう。しかし、筆者の場合はそのような知識を持ち合わせていないので、日々の生活の中で見聞きしてきたことの中から生徒の心に届くような話をしようと思いました。

 

結果的に取り上げた話題は、その年に新任の(と言っても公立中学校で数年間の経験のある)先生が1年間続けてきたことを間近に見てきて感じたことにしました。そして、その中に生徒の今後の学校生活に活かしてもらいたいと思うようなことへ話を発展させるような流れを考えました。結果的に、実際に話す数ヶ月前から話の骨子を考え、1ヶ月くらい前から原稿を書き始め、何度も推敲して原稿を完成したのが修業式の10日くらい前でした。

 

ところが、ここで大きな”事件”が起こりました。なんと、3月上旬から間欠性跛行(少し歩くと脚が痛くなって歩けなくなり、休むと回復するを繰り返す)という症状が出始めたのです。その症状は日一日と悪くなり、ついに修業式の前々日にはほとんど歩けなくなってしまいました。さすがにこれはまずいと思い、修業式兼離任式の前日に車椅子で息子に病院に連れて行ってもらうことになりました。

 

その時、おそらく病院に行けば入院する可能性が高いと考え、出かける直前にメールで副校長その他数名の同僚に件の原稿を送り、どなたかに代読をしてもらう手はずをとりました。そして、実際に入院となってしまったので(3/31退職当日に退院)、翌日の離任式では校長先生が「私を肥沼先生だと思って聞いて下さい」とおっしゃって、送った原稿を生徒に読んでくださったそうです。今回はその原稿を紹介します。

 

◇実際の話(原稿より)※○数字及び赤字は「話の工夫」の説明のために今回入れたもの


① みなさん、こんにちは。ただ今ご紹介いただきました英語科の肥沼です。これまで何十人と いう先輩の先生方の離任式でみなさんと同じように先生方を送り出す側にいましたが、私自身がこの3月末をもって定年退職することになり、ついに自分が送り出される側に立つ日が来てしまいました。先程ご紹介いただいたように、本校には27年間もの長きにわたってお世話になりました。初任校の3年、2校目の7年と合わせると、合計37年間の教員生活を終えようとしています。

 

② 生徒のみなさんにお話しするのはこれが最後ですので、何か気の利いた有名な格言などを引用してみなさんにお話ができればいいのですが、どうもそういうのはあまり得意ではないので、ごく身近なできごとの中からみなさんにお伝えしたいことをお話ししたいと思います。

 

③ その話のきっかけとして、私が尊敬する人物のことからお話ししましょう。尊敬する人物と言っても、自分の両親であるとか有名な人であるとかいうわけではなく、ごく身近にいるある先生のことです。私が尊敬する先生と言うと、私より年上の先生をイメージするかもしれませんが、実際にはその逆で若い先生です。しかも、ここにいるみなさん全員が知っている先生です。さあ、どなたでしょうか。

 

④ あえてお名前は言いませんが、その先生は毎朝のように生徒玄関前の手洗い場付近でみなさんに声をかけている先生です。

 

⑤ (間)私がその先生のことを尊敬する理由は3つあります。

 

⑥ 1つ目は、その先生がそれを自主的にやっていらっしゃるということです。実は、手洗い場で声をかける教員は当番制です。担任の先生は教室でみなさんを迎えますので、担任を持っていない先生方が輪番であそこに立っています。しかし、その先生は自分が当番であるかどうかに関わらず、あそこでみなさんに声をかけています。もしかしたら、みなさんの中には「あの先生は若くて本校の経験が浅いからやらされているんだろう」と思った人もいるかもしれませんが、実はそうではないんですね。その先生の意志で、自主的になさっていることなのです。

 

⑦ 2つ目は、その先生がその行為をけっして自慢したり教育的効果を語ったりなさらないことです。もし私がその先生であったら、きっと「私が挨拶をすることで生徒にもしっかり挨拶をするようになってもらいたいから」などともっともらしいことを言ったちがいありません。しかし、以前にその先生に理由を伺ったときに先生は、「本校に来てから日が浅いので、こうでもしないと生徒の顔や名前が覚えられないからです」とおっしゃっていました。この偉ぶらないところが素敵だなと思います。

 

⑧ そして3つ目は、あの活動を長期間続けていらっしゃることです。最初の頃に先生に伺ったときは、「とりあえず半年くらいは続けてみようと思います」とおっしゃっていました。ところが後期になってもやってらっしゃるのでその理由を伺ってみると、「なんだかやめられなくなってしまったので、もう少し続けてみます」とのことでした。しかし、結局はほぼ丸一年続けられたことになりますね。実は、私もこれまでに何度か別のことで朝の活動をしようとしたことがあり、その中には実際に始めたこともありました。しかし、数日やったところで他の仕事が忙しいということを理由にやめてしまった経験があります。その先生も授業の準備等でお忙しいでしょうに、朝の挨拶活動をずっと続けてこられたことがすごいなと思っています。

 

⑨さて、私はみなさんの前でその先生のことを持ち上げるためにこの話をしたわけではありません。大切なことをお伝えするには身近なことを例にとって話した方がわかりやすいだろうと思ったからです。私がその先生を尊敬している理由は①自主的に行っていること、②活動の意味を語らないこと、③長期間続けていること、の3つでした。

 

⑩ 実は、私にも「自主的に」と「長期間続けている」の2つにあてはまることがあります。残念ながら、もう1つの「活動の意味を語らない」は私の場合はあてはまりません。今もそうですが、私はすぐにペラペラしゃべってしまいますからね。さて、その「あてはまること」は私の外見からわかります。(間)どう見ても肉体トレーニングやダイエットでないことは明らかですね。

 

⑪ 実は、こうしてみなさんに授業やその他の場面で話すときには必ずネクタイをするということなんです。教員になってから37年間、一日たりともそれを欠かしたことはありません。もちろん、行事や部活動などで私服やトレーニングウェアなどに着替える場合は除きます。以前、まだ教室にエアコンが入っていなかった時代、真夏の暑い日には教室の中が40度を超えるようなこともありました。そのようなときでも、汗をダラダラ流しながらも、ネクタイだけはし続けました。自分の妻にその話をすると、「お願いだからそんなバカなことはやめて」とよく言われたものです。

 

⑫ 私がネクタイをし続けてきた理由は、教育実習のときに「教室に行くときにはネクタイを締めて、自分はプロとして生徒の前に立つんだ」と自分で決めたからです。それ以来、どんなことがあってもその自分で決めたことを続けてきました。はたしてそれに見合う良い授業ができたかどうかはわかりませんが、自分の心づもりとしては、朝ネクタイをキュッと締めるところから授業に臨む気持ちを盛り上げてきたつもりです。

 

⑬ 先程の私が尊敬する人の話と私のネクタイの話に共通することは、「自主的に行うこと」と「途中であきらめずに続けること—」の2点です。私がここにいる生徒のみなさんにお伝えしたいことはその2点なのです。つまり、1つは何かを行うときには人に言われてやるのではなく、自分の意志で行ってほしいということ。もう1つは何かを始めたら途中で投げ出したりせず、自分でいろいろと考えながら最後までやり通してほしいということです。もしかしたら、あまりにもそれに固執して走り過ぎると、「あの人って変な人だよね」と思われるかもしれません。しかし、自分が正しいと思ったこと、やる価値があると思ったことであれば、周囲の目などを気にせずに実行してもらいたいと思います。幸い、本校の生徒にはすでにそういう気質をもった人が大勢いるように思います。ぜひその気質を残りの中学校生活の中で、そしてその後の人生の中でも磨いていって、自分の力を発揮してもらいたいと思います。

 

⑭ 長くなりましたが、以上で私の話を終わります。最後まで聞いていただいてありがとうございました。では、みなさんお元気で。さようなら。See you.


◇話の工夫

上記の話をするにあたって、原稿を作成する上で意識したことを段落ごとに説明します。各項目の○数字は、上記の話の段落数字と一致しています。

 

① まず、自分がどのような立場でこれから話をしようとしているのかを明示的に説明します。生徒自身にはそれほどの経験がないことかもしれませんが、自分の心の中にはそれまでの経験とその瞬間とでは大きなちがいがあることを述べます。

 

② 話の方向性がどのようなものになるのかを言い、聞く心の準備をしてもらいます

 

③ 最後の赤字の部分の発言により、おそらく多くの生徒が驚いて周囲の先生方を見回すであろうということを期待しています。

 

④ 誰のことを言っているかを全生徒に気づかせます。あえて名前を言わずとも、生徒の脳裏に焼き付いているであろう光景を利用したものです。 

 

⑤ これから話すことが大きく3つあることを予告します。

 

1つめの理由を明示的に言い、その理由を説明します。生徒にもその理由がよくわかるように、具体的な出来事を紹介します。

 

2つ目の理由を明示的に言い、その理由を説明します。生徒にもその理由がよくわかるように、具体的な出来事を紹介します。

 

3つ目の理由を明示的に言い、その理由を説明します。生徒にもその理由がよくわかるように、具体的な出来事を紹介します。

 

⑨ なぜその人のことを取り上げたのかの理由とすでに話した3つの理由の整理をします。

 

⑩ 導入に話した人と自分の共通点について説明し、次の内容への橋渡しをします。

 

⑪ 自分が一日も欠かさずに大切にしてきた具体的なことをここで初めて紹介します。おそらく2年間、1年間自分の授業を受けてきた生徒には「当たり前の光景」になっていたであろうことに明確な意識を向けさせるためです。

 

⑫ ⑪で話したことの理由を説明します。そしてそれが⑥と⑧の内容と共通することに気づかせます

 

⑬ イントロの話とその後の自分の話との共通点をもう一度整理し、それが生徒に対する最終的なメッセージであることを述べます。そしてそれを生徒の脳裏に刻むために生徒の立場からするとどういうことになるのかを述べます。

 

⑭ 話の締めくくりであることを述べ、話を終えるきっかけとします。 

 

◇こぼれ話 

筆者自身がその場におらず、かつ本人ではない人(校長先生)が代読してくださったので、生徒がその話にどの程度反応してくれたかは不明ですが、その日を含めて数名の先生方から、「生徒のみならず私たち教員にとってもよい話をありがとうございました」という趣旨のメールをいただきました。また、導入部で取り上げた先生からも長文のメールをいただきました。それらを病院のベッドの上で読ませてもらいました。

 

さらに、儀式担当の先生から、「贈ることばを準備していた代表生徒(生徒会副会長)がどうしても先生に直接それを伝えたいというので、新年度になってから再度離任式を開くことを計画しています」という連絡をもらいました。そこで、病院の診察日と重なった新年度の始業式の日(4/8)の通院前に学校に行き、始業式(校長交代式を含む)直前に筆者だけのための離任式を開催してもらいました。もちろん、その場で件の代表生徒から熱いメッセージをもらい、全校生徒及び全職員の大きな拍手の中を退場するという経験をさせてもらいました。

 

また、後日元勤務校に用事があって行った際に、 筆者の姿を見た数名の生徒がわざわざ英語科準備室に来て、件の話の感想を述べてくれました。中には「先生のネクタイの話のところで感動して泣いちゃいました」と言ってくれた生徒もいました。この生徒は授業中も授業以外の活動でも積極期に発言し、自分が正しいと思ったことをやり通そうとする生徒です。もしかしたら、そのせいで仲間から何か言われたことがあるのかもしれません。私の話はそのような経験を持つ生徒への“応援歌”だった可能性もあります(本人から聞いたわけではなく、あくまでも想像ですが…)。

 

いずれにしても、今回の話が筆者の37年間に及ぶ現職教員としての最後の話になりました。それを自分の口で伝えられなかったのが唯一の心残りですが、話を考えている間や原稿を書いている間に生徒の反応などを想像して楽しむことができました。どうせ話をするなら、価値のある話をしたい…。それは教師であれば誰でもが願うことでしょう。それがしっかり伝わるように内容と話し方を工夫したいものです。