3. 目標について

P. はじめに

学習指導要領の目標は、教員が覚えておくべきもっとも重要なものとされています。各地で行われる教員採用試験でも教職教養として必ずと言っていいほど出題される部分でもあるので、教員を目指す大学生には必ず覚えるように指導しています。

 

その「目標」が今回の改訂で大きく変更されました。そこで、どこがどう変わったのか、そしてその変わったことによって現場の教員は何に留意しなければいけないのかを述べたいと思います。

 

なお、ここでは中学校の学習指導要領についてのみ扱うこととします。また、教科の正式な名称は「外国語」ですが、本ページでは便宜上「英語」を使うことにします。

 

1. 新旧の比較

まずは、2021年4月に「旧」となってしまった前学習指導要領と新学習指導要領の教科の「目標」のちがいを比較してみましょう。

 

○旧版の「目標」(平成20年3月告示)

「外国語を通じて,言語や文化に対する理解を深め,積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り,聞くこと,話すこと,読むこと,書くことなどのコミュニケーション能力の基礎を養う。」

 

○新版の「目標」(平成29年3月告示)

「外国語によるコミュニケーションにおける見方・考え方を働かせ,外国語による聞くこと,読むこと,話すこと,書くことの言語活動を通して,簡単な情報や考えなどを理解したり表現したり伝え合ったりするコミュニケーションを図る資質・能力を次のとおり育成することを目指す。

 ⑴ 外国語の音声や語彙,表現,文法,言語の働きなどを理解するとともに,これらの知識を,聞くこと,読むこと,話すこと,書くことによる実際のコミュニケーションにおいて活用できる技能を身に付けるようにする。

 ⑵ コミュニケーションを行う目的や場面,状況などに応じて,日常的な話題や社会的な話題について,外国語で簡単な情報や考えなどを理解したり,これらを活用して表現したり伝え合ったりすることができる力を養う。

 ⑶ 外国語の背景にある文化に対する理解を深め,聞き手,読み手,話し手,書き手に配慮しながら,主体的に外国語を用いてコミュニケーションを図ろうとする態度を養う。」

  

上記の2つを比べると、新版の目標の方が圧倒的に量が多くなっています。そして、授業で目指すべき方向性がより明確に示されていることがわかります。旧版までは何とか全文を暗記できそうですが、新版の目標をすべて完璧に暗記するのは至難の業でしょう(笑)。

 

新学習指導要領の目標がこのような長文になった理由は、『解説 外国語編』の「第1章 総説」→「2 外国語科改訂の趣旨と要点」→「(2) 改訂の要点」に次のように書かれていることからわかります。

 

「外国語科の目標は,前述のような課題を踏まえ,「知識及び技能」,「思考力, 判断力,表現力等」,「学びに向かう力,人間性等」の三つの資質・能力を明確 にした上で,①各学校段階の学びを接続させるとともに,②「外国語を使って 何ができるようになるか」を明確にするという観点から改善・充実を図ってい る。」

 

つまり、別ページでも解説している「育成を目指す資質・能力の三つの柱」に関して英語科のそれらを明確するために、3つに分けてまとめた表記が必要になったのが最大の理由でしょう。そして、小中高間の学びを一つのつながりのある段階別にした上で、それぞれの段階で何ができるようになるかということも明確に示すねらいがあったので、どうしても説明が長くなってしまったというわけです。

 

2. 主文の解釈

ここでは最初の段落を「主文」と呼ぶことにします(筆者の勝手な判断です)。新旧の主文の比較から見えてくる最も大きなちがいは、旧版では「コミュニケーションを図ろうとする態度を育成し」と「コミュニケーション能力の基礎を培う」であった部分が、新版では「コミュニケーションを図る資質・能力を次のとおり育成する」となったところです。

 

つまり、旧版では「なんとか英語で話すことに慣れればいい」程度であったのが、新版では「英語を使ってしっかり話せる力をつけるように」ということが主文ではっきり謳われているということです。

 

これは小学校の英語が新たに教科化されたことにも原因があると思われます。すわわち、その目標の後半部分が「コミュニケーションを図る基礎となる資質・能力を次のとおり育成することを目指す」となっているために、それより学習段階の上がる中学校ではそれよりも高い目標が掲げられる必要があったからでしょう。

 

なお、補足文(「主文」以下の(1)~(3)をこう呼ぶことにします)の(3)に「コミュニケーションを図ろうとする態度」についての標記がありますが、この点について『学習指導要領(平成29年告示)解説』(以下『解説』とする)p.16 には次のように記されています。

 

「単に授業等において積極的に外国語を使ってコミュニケーションを図ろうとする態度のみならず,学校教育外においても,生涯にわたって継続して外国語習得に取り組もうとするといった態度を養うことを目標としている。」

 

また、旧版にはなかったものとしては以下の点があります。

・言語活動をとおして

・簡単な情報や考えなどを理解したり表現したり伝え合ったり

 

まず、「言語活動をとおして」というところからは、授業は講義調でも問題演習中心でもなく、生徒たちに実際に学習した言語を使わせる場面を設けて、それを中核としてコミュニケーション能力を育成することが大切であると読み取れます。一方、「簡単な情報…伝え合ったり」というところからは、理解する、表現する、伝え合うという活動を授業に盛り込むことを求めていると読み取れます。特に3つめの「伝え合う」は今回の改訂で5つ目の領域となった「話すこと(やりとり)」に相当する部分と考えられるので、授業でそのような活動を行うことが重要であると言っているのでしょう。 

 

なお、目標の第一文に新しく入れられた「見方・考え方」については、別ページ「3. 『見方・考え方』について」で詳しく見ていきますので、ここでは省略します。

 

3. 補足文の解釈 

旧版では、2.で「主文」としたものだけが「目標」とされていましたが、新版ではそれに「補足文」と思われる表記が(1)~(3)として加えられています。そこで、それらを見ていきましょう。それらについては前出の『解説』に説明があるので、それを引用しつつ筆者独自の解釈を加えていきます。

 

○(1)について

まず、『解説』には次のように書かれています。

 

「(1)は,外国語科における「何を理解しているか,何ができるか」という「知識及び技能」の習得に関わる目標として掲げたものである。本目標は,「外国語の音声や語彙,表現,文法,言語の働きなどを理解する」という「知識」の面と,その知識を「聞くこと,読むこと,話すこと,書くことによる実際のコミュニケーションにおいて活用できる」という「技能」の面とで構成されている。」

 

新学習指導要領では、「育成を目指す資質・能力の3つの柱」が示されていますが、(1)はその1つの「知識及び技能」に相当するものであるということです。要約すると、次の2点になるでしょうか。

 

・英語そのものに関する様々な知識を習得する。

・実際のコミュニケーションで活用できる技能を身につける。

 

○(2) について

『解説』には次のように書かれています。

 

「(2)は,外国語科における「理解していること・できることをどう使うか」という「思考力,判断力,表現力等」の育成に関わる目標として掲げたものである。コミュニケーションを行う際は,その「目的や場面,状況など」を意識する必要があり,その上で,「簡単な情報や考えなどを理解」したり,理解したことを活用して「表現したり伝え合ったりする」ことが重要になってくる。「思考力,判断力,表現力等」の育成のためには,外国語を実際に使用することが不可欠である。」

 

(1)と同様に、(2)は3つの柱のうちの「思考力,判断力,表現力等」に関係するものだそうです。

その内容を要約すると、次の2点になると思われます。

 

・コミュニケーションを行う場合は、その目的や場面、状況などを意識する。

・情報や相手の考えを理解し、それを活用して表現したり伝え合ったりする力を身につける。

 

○(3) について

『解説』には次のように書かれています。

 

「(3)は,外国語科における「どのように社会・世界と関わり,よりよい人生を送るか」という「学びに向かう力,人間性等」の涵かん養に関わる目標として掲げたものである。「文化に対する理解」やコミュニケーションの相手となる「聞き手,読み手,話し手,書き手」に対して「配慮」しながら,「主体的にコミュニケーションを図ろうとする態度」を身に付けることを目標としている。」

 

(3)も、育成を目指す3つの柱の「学びに向かう力・人間性等」に関わることだそうです。すなわち、それは次の2点にまとめられるでしょう。

 

・対象言語に対して興味・関心を持ち、主体的に学習しようとする力を身につける。

・他者に配慮し異なった文化や価値観を受け入れ、多面的な思考ができるようになる。

 

上記の2つ目は、目標の文言と「学びに向かう人間性」を合わせてこのように解釈したわけですが、「人間性」という表現をどう解釈するかは難しいところです。

 

4. 現場の教員に求められること

学習指導要領の「目標」が以上のように定められていることから、現場で実際に学習指導を行う教師はどういうことに留意したらいいのでしょうか? 実は、それはすでにここまでの文中で太字で示されたことに現れています。つまり、

 

・英語に関する知識を習得するとともに、実際のコミュニケーションで活用できる技能を身に付けることを目指した授業内容にする。

・コミュニケーションを行う際には目的・場面・状況などを意識し、情報や相手の考えを理解した上で表現することを目指した授業内容にする。

・言語学習に主体的に取り組み、他者に配慮したり異なった価値観を受け入れたりして多面的な思考を身に付けることを目指した授業内容にする。

 

そして、以上のことを授業で実現するには、単に教科書の教材(言語材料、題材等)を理解することに終始した指導を行うのではなく、それらを利用してできるさまざまな言語活動を行うことで、英語でコミュニケーションできる能力を身につけるとともに、多面的な思考力を身につけることができる指導を行わなければならないということを私たち現場の教師に求めているのだと思われます。

 

E. おわりに

以上、『解説』の記載事項をすべて取り上げると膨大な記述になるところを、主な部分だけをとりあげて、そこに自分の解釈を加えた形のシンプルな解説にしてみました(それでも相当な量ですが…汗)。これで納得されてもいいですし、もっと詳しく読んできちんと理解したいという方には『解説』をお読みになることをお勧めします。ここに記した内容はかなり稚拙なものですが、本著が「目標」についてさらに勉強してみようというきっかけになれば幸いです。

 

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